−てのひらとタイヨウ−

||| 1

 ここは天界。ラミエルの部屋。
「ラミエルさまぁ、勇者さまがぁ、今日もお呼びになってらっしゃいますがぁ、どうしますぅ?」
「……うーん」
フロリンダが頭を抱え俯いて唸るラミエルの頭上を行ったり来たりしながら様子を伺う。
「地上ではぁ、もう一ヶ月経っちゃってますよぅ? ちなみにぃ、ラミエルさまがぁ勇者さまの呼びかけに悩み始めて結構時間経っちゃってますぅ」
その時間、30分。ラミエルはずっと机に突っ伏したままだった。
「うーん、うーん……」
突然のリュドラルからのキスを受けて以来、ラミエルは地上へ降りなくなってしまったのだった。
「以前ご依頼されていた件もぉ、ウィニエルさまがぁ行ってくださったからぁ、良かったですけどぉ、このままではぁ…」
話し方はともかく、フロリンダが珍しく終始まともなことを言っている。


「……シカト」


ようやく顔を上げたと思ってひねり出した答えはこれだった。
「…シカトかい! リュドラルの奴、可哀想にな」
すーっと、ラミエルの背中にゾワゾワとした感覚が伝わり、身震いする。
「うわぁっ!? ロジー!? 乙女の部屋に勝手に入ってくるなぁ!!」
ラミエルは反射的に立ち上がり身体を反転させ、身構える。そこにはいつの間にか部屋に訪れていたロディエルがニヤニヤと不適な笑みを浮かべていた。
「せ、背中をなぞるなぁっ!!」
ラミエルは手を胸の前でクロスさせ、自分を守るように両肩を掴む。
「お前、背中弱いよな」
ロディエルは相も変わらずニヤニヤとラミエルをからかう。
「あやしい。ロジーの眼があやしい! ウィニエルに言い付けちゃうからねっ!」
「ほれ」

ぞわっ。

ラミエルの背中がぴんと硬直する。その後でぶるぶると震える。
艶のいい翼と翼の間、背中のど真ん中をロディエルは瞬時にラミエルの視界から姿を消し、人差し指でなぞる。

「うぎゃぁーっ!! やめてよー!!」
ラミエルは背中が弱いらしく、翼をバタバタと激しく動かす。
「ははは、面白いなぁ。ラミエルは」
「ううー。いつか絶対仕返ししてやるぅ! …わっ!?」
自分を睨みつけるラミエルをロディエルは引き寄せ、自分の翼で包み込むと、彼女の頭を撫でた。
「へいへい、いつでも来れば? そう言ってもう何十年経った?」
「……うー。憶えてなさいよー」
ロディエルの翼に包まれると、ラミエルは今にも噛み付きそうな顔を緩め、大人しくなる。ラミエルが猛獣なら、ロディエルは猛獣使いといったところだろうか。
「ロジーのあほ。こういうこと誰にでもするから、フラれるんだよ」
「…それはどっちのこと言ってる」
「せくはら。なぐさめ。両方かなぁ」
ロディエルの翼はラミエルやウィニエルとは違う力があるのか、包んだ相手をリラックスさせる沈静効果があるようだった。
「…セクハラってひでぇな。俺はただ、面白い反応が見たくてしてるだけだぜ? 慰めるってのは、女が哀しんでたら当然のことだろ?」
「何で、ロジーがここにいるの? 忙しいんでしょ?」
ロディエルの話も聞かず翼から離れ、ラミエルはようやくまともに話し始める。
「…お前ね…。人の話は最後まで…まぁいいか。…ちょっと小休止」
「ふーん。で、何で私の部屋に来るの?」
「俺のことはいいんだよ。それよりよぉ…」

「ラミエルさまぁ……」
フロリンダが困った顔で二人の間を行ったり来たりしている。

「…だからシカトだってば」
「シカトってなんですかぁ? フロリンわかんないですぅ」
フロリンダは”ローザ作”とネームプレートのついた衣装を身につけ、小道具なのか小さな扉を重そうに持ちながら宙に浮いている。
「…鹿の衣装に扉持ってもシカトじゃないから…」
「えぇ? 違うんですかぁ?」
「…違うでしょー!!」
「残念ですぅ。せっかく作ってもらったのにぃ」
「…このために?」


***


「…なぁ、いつまでそうしてるつもりだ?」
ロディエルが二人のやり取りを見兼ねて本題へと話を戻す。
「…ずっと…ってわけに行かないのはわかってるんだよ?」
「ああ、お前サボりすぎ。お前の所為でウィニエルが苦労してんだよ」
「え…」

「…何があったか知らねぇが、このままじゃ、ウィニエルが倒れちまう。あいつ、ここんとこずっと天界に戻ってねぇんだよ。お前の体調が悪いなら良くなるまで自分が頑張ればいいって思ってるみたいだぜ?」
「…ウィニエル…」
申し訳なさそうに、眉尻を下げラミエルが俯くと、ロディエルは見透かしたように告げる。
「体調なんざ、どこも悪かねぇだろ?」
「…もん…」
ラミエルの声がくぐもる。

「ん?」

「そんなことないもん。体調悪いもん。みんな、リュドの所為なんだから」
ラミエルはぷぅっと、頬を膨らませ、ロディエルを再び睨みつける。お兄ちゃんにはわかりっこない、とでも言いたげな瞳で。
「…リュドラルと何かあった……みたいだな」
ラミエルの様子にロディエルは興味半分、心配半分の複雑な笑みを浮かべ、話に耳を傾けていた。

「…知ってて来たんでしょ。リュドとだけは何故か仲いいみたいだしね」
「いや、全然仲良くないけど? 男に興味ねーし」
「…リュドって、何なんだろ…、変な人。私を嫌ってるはずなのに…」
「お前って人の話聞かないよな…」
「嫌ってるのに、何であんなことしたんだろ…? ね、ロジーは嫌いなヒトにちゅーとかしちゃう?」

「………ほー。そーゆーことか」
「はっ!? あ、今のは…例え話で…」
ニヤリと、ロディエルが微笑むと、ラミエルは慌てて両手を激しく振るう。
「あんの、むっつりめ! やっぱり俺のラミエルに手ぇ出してたんじゃねぇか!」
言葉とは裏腹にロディエルは嬉しそうだ。
「誰の! で、何でうれしそうなのよ!? 例え話だって、言ったでしょー!!」

「ふっふっふ。そうか、そうかそうか。ついに、ラミエルも大人になっ…!?」

ゴンッ!!

ほくそ笑むロディエルの後頭部を巨大な黒光りのフライパンが襲う。

「いてぇ!!」

予期せぬ突然の攻撃にロディエルは打撃を受けた後頭部を抱え込んだ。
「あ、すみません。このフライパン、ウィニエルさまから差し入れです。軽くて丈夫で、攻撃力は中々いいとのことです。では」
ラミエルの部屋にローザがウィニエルからの差し入れのフライパンをタイミングよく持ってきたのだった。ローザは用件だけ告げて、フライパンをラミエルに渡すと、そそくさと部屋を出て行く。
「ローザありがとう!! ウィニエルにナイスタイミングって伝えてね! わぉ、軽〜い!」
部屋を出るローザに礼を言うと、フライパンを振り回した。
「…ってて…ウィニエルの奴、どっかで見てたのか!? あいつ、地上にいるはず…」
ロディエルは辺りを見回すが、ウィニエルは見当たらなかった。
「…あいつにゃ敵わねーな…、で、何だっけ。好きでもないのにキスだっけ? (…ってかそのフライパンやめろよな…)」
ラミエルはフライパンを構えたまま、ロディエルと話を再開する。
「ちがう。嫌いなのにちゅーだよ」


「嫌いならキスはしない。キスすんのは成り行きか、好きだからだ」


「…うー。好きだからってのはわかるけど、成り行きって何よぅ」
ラミエルは複雑そうに呻る。
「成り行きは色々あるぜ? 話してもいいけど、お前、俺とキスするか?」
「はぁ? 何でロジーと?」
ロディエルがラミエルの肩に手を掛ける。
「俺は、お前が好きだからお前にキスできるし、成り行きでもキスできる」
「…そのセリフ、こないだ他のヒトに言ってたね。で、フラれちゃったんでしょ」
ラミエルは真ん丸の瞳で真っ直ぐにロディエルを見つめた。
「……うるせぃ」
「…ウィニエルにも言ったってウワサ本当?」
「…さぁな」
ラミエルの言葉に珍しくロディエルから視線を逸らす。
「…じゃあさ、リュドは私のこと、嫌いじゃないんだね?」
ラミエルはロディエルの話題からリュドラルの話題へと戻す。ロディエルとウィニエルの間に何かあったということは、何となくだが、感付いているのだ。三人で顔を合わせている時、ロディエルはずっとウィニエルのことを見ていて、ウィニエルはロディエルとはあまり視線を合わせようとしない。ラミエルはそれが不思議でたまらなかった。踏み込んではいけないのだと、二人の間のことは興味があるものの、あまり深くは聞かないよう努めている。ただ、時々興味本位で踏み込んでしまうこともあり、直ぐにそれを引っ込めるのだった。

「知るか。んなの本人に聞けよ」
「…私、ちゅーなんて平気だって思ってたんだよ…、んっ!」
ちゅ。と、突然にラミエルの頬をロディエルの手が包み、唇を塞がれる。
「……平気か?」
時間にしたら1秒も経っていない、軽く触れただけで、その後で、ロディエルは優しく笑う。

ばちんっ!!

ロディエルの耳元で乾いた音が響いた。
「…いてっ」
「やめいっ!! セクハラ大魔王!!」
「俺は天使だっての! ほら、全然何ともないじゃんか」
ラミエルが手元のフライパンをバットのよう構えた。
「何が…」
「…俺とキスしたって、全然平気だろうが!」
「そりゃそうだよ、ロジーなんて好きでも何でもないもん……て、あれ?」
「そーですかそーですか。どうせ俺は負け組みですよー…」
ロディエルはいじけて、しゃがみ込み、口を尖らせながら床を人差し指で弄る。

「…あ、そういうこと?」
何かに気づいたように、ラミエルはロディエルを見る。
「…そういうこと。気にしてるのは、お前の方。あいつはお前のこと嫌ってない。しかも、お前を寄せ付けないためにしたわけじゃない。現に何度も呼び出しくらってるだろうが」

「それじゃ、私がリュドのこと好きみたいじゃんか」

「好きだって言ってたじゃん」
「あ、そうだったっけ。嫌われてるから、何とか好かれようと思って頑張ってたけど…うん、好きかも」
「…大体お前嫌いな奴いないだろ」
ロディエルが呆れたようにラミエルを見つめる。
「…リュド…私のこと嫌いじゃなかったんだ」

『…俺は、お前のこと…好きじゃない』

ふと、リュドラルの言葉を思い出す。
「…じゃぁ、好きじゃないってどういうことなのよぅ」
ラミエルは思い出したと同時にぷぅと頬を膨らました。
「…だから、本人に聞けって。早く行ってやれよ。っつーか早く復帰しろ。でないと、俺もしんどい」
「…あ、ごめん。そうだよね、ロジーもウィニエルも私の分頑張ってくれてたんだもんね」
「ウィニエルが倒れたらリュドラルの所為な」
「何で」
「あのな…さっき、お前も言ってただろうが。…お前に手ぇ出したから。ったく、やっちゃったならともかく、キスの一つや二つ、どうでもいいじゃねーか」

カンッ!! コンッ!!

金属音が二度、ラミエルの部屋に木霊する。
「いてーっ!! 往復すんなっ!! もう俺行くからなっ!! お前もさっさとあいつに会って来いよ!!」
そう告げて、ロディエルがラミエルの部屋からヨロヨロと去っていった。ラミエルもロディエルに一言物申すためか、扉までついて行く。
「ロジーのあほーっ!! ……あれ? 何か本当にフラフラしてる…ホントにしんどかったんだ…ごめん」
扉の外には部屋から出たロディエルがフラつきながら飛んで居る。少し罪悪感を覚えながら、ラミエルは待たせていたフロリンダに声を掛けようと部屋に向き直る。
「うじうじしててもしょうがないよね。私らしくないし。ごめん、フロリン、会いに行くよ…って、あ、衣装替えてたの…」
「あ、あはは…。こっちの衣装の方がぁ、やっぱり良くてぇ」
フロリンダがペンギンの衣装に着替えながら微笑む。

「行こ」
「はいっ☆」

着替え終わったフロリンダと共に、ラミエルはリュドラルの元へと向かった。



||| 2

「…ラミエル、今日も来ないのか…もう一ヶ月も会ってないよな…。べ、別に、元々そんなしょっちゅう呼んでたわけじゃないけどさ」
誰も居ない森の奥で、リュドラルは一人修行をしていた。ふと手を止めて、無意識の内に言葉が出てしまう。


『私も一緒に行くね〜』


「…あいつ、嘘吐いたな。ウィニエルが来てくれたから良かったものの…」
一振り、剣を振るう。
剣を振るいながら、思い出すのはラミエルのことばかりだった。
「…本当にムカつく奴だよ。…はぁ…」
一息ついて、リュドラルはその場に腰を下ろし、胸元を押さえ顔を顰める。
「あー、もうっ、腹立つなぁっ!!」
(…どうも最近イライラしてるよな…俺…)
手元に触れた地面の小石を目の前の茂みに向かって放り投げる。
「おお、危ないな、リュドラル」
茂みの奥の樹木から声が聞こえてくる。
「あ、ボルンガ…居たのか」
声のする方へと向かうと、そこには樹木のモンスター、ボルンガがリュドラルを見ていた。
「人の森に入っておいて居たのかとは…また随分だな…」
ボルンガは落ち着いて応え、リュドラルとの再会を喜ぶように微笑む。
「ご、ごめん。ちょっと考え事してた。傷ついてないか?」
「ああ、大丈夫だ。珍しいな。こちらに気づかない程考え込んでいたようだ。余程のことか。相談に乗るぞ?」
「あ、いや、その…何でもないんだ」
思ってもない申し出にリュドラルは頭を軽く掻いて、ボルンガに寄りかかる。
「何をイラついていたんだ?」
「…なぁ、気になる人が二人居るんだ」
「ほう」
「一人は、落ち着いててお淑やかで、こう、守ってやりたいなって心から思える人なんだけど、もう一人は、やんちゃで、勝手で、俺の気持ちを逆撫でばかりする奴なんだ。俺はずっとお淑やかな人が好きだったのに…」
「…ほう」
ボルンガはリュドラルの様子を静かに見守りながら話を聞いている。
「なのに、最近あいつから言われたことがムカついてムカついて頭から離れないんだ」
「…思い出してはムカついているのか。一体どんな人間なのだ?」
「…人間じゃないよ、天使なんだ。嘘つき天使。酷いんだぜ、あいつ。モンスターが出たら倒せ倒せって平気で言っちまう奴なんだから」
リュドラルは前髪を掻き上げて、ため息混じりにそんなことを言う。
「…ほう、それはそれは。我らも気を付けなければな」
「だよな。でも、あいつ、ボルンガ達には手出さないと思うけど」
「…ん? 何故わかる?」
ボルンガの言葉に迷いなく、リュドラルは応える。
「…何となくなんだけどさ、あいつ多分悪い奴じゃないと思うんだ。一応天使だし、あんな明るい笑顔の奴が無差別にモンスターを殺すわけない」
「リュドラル…お前は…その天使が好きなんだな」
「はぁっ!? 好きっていうか、べ、別にそんなんじゃなくって、だって、俺が好きなのはウィニ…、ただ、思い通りにならないからムカつくっていうか…」
リュドラルの頬が赤く染まり、ボルンガを見上げる。
「はっはっはっ、誤魔化さずともいい、顔が赤くなっているぞ」
「ち、違うよっ!! 何だよ、ボルンガまで妖精と同じようなこと言って…」
見透かしたようなボルンガの言葉に、慌てて否定するが…、
「お前はわかりやすいからなぁ。はっはっは」
「っ、もういいよっ! ボルンガに話した俺がバカでした!!」
ボルンガの様子に観念したように、リュドラルは立ち上がって、その場を去ろうとする。
「もう行くのか、またな」
「…またなっ!」
はっはっはっと、ボルンガの愉快そうな笑い声を背後に聞きながらリュドラルは口を尖らせて歩いていく。
「…何なんだよ、どいつもこいつも…」

( ラミエルのことが好きなわけないじゃないか。 …弾みでキスはしちゃったけどさ)
修行のことはいつの間にか忘れ、リュドラルは無言で森の中を移動する。
(イライラするなぁ、本当)
どこへ行こうとしているかなんて、自分でもわからないまま、ただ目の前の道を進む。
30分程歩いた頃、相も変わらず無言だったが、森を抜け、


「…うわっ、眩しっ」


突然の陽の光に慌てて手で日を避ける。
「…いつの間にか森抜けてたんだな…。いい天気だな…」
陽の光を手のひら越しに見る。
明るい光は、ラミエルを思い起こさせた。
「…ラミエル…」
森を抜けると、風通しの良い丘へと緑の草原が続いていた。リュドラルは丘の上へと歩みを進める。
「…はぁ。いい風だ…」
見晴らしのいい丘の上に立って、周囲を見渡す。見渡す限り青空が広がっていた。
こんないい天気なら、ラミエルは笑顔で現れる気がする。
予感がして、先程までイライラしていた気持ちが不思議に消える。
「…俺、結局ラミエルに会いたいのか…はぁ…会ったってどうせ、また喧嘩になるだけなのに…」

ただ、こないだのことはちゃんと謝りたい。
あんなに嫌がらなくてもいいとは思うんだけど、でもやっぱり俺が悪いし。

そんなことを考えながらリュドラルは青空に漂う雲をぼんやり見つめながら思い返していた。

「………」

リュドラルは地面に腰を下ろし、そのまま仰向けで空を見上げる。
陽の光が少し眩しくて、手でそれを遮る。

「………」

しばらく経つと眠くなって、リュドラルは目を閉じたが、やはり陽の光が眩しい。だが、風が心地良いのか、そのまま寝入ってしまった。
その数分後、眠り始めたリュドラルに心地よい日除けが現れると、本格的に眠りへと誘われ、深い眠りへと入っていった。

「…寝てますぅ」

その日除けが人影であるとも知らず、待っていた人物のものとはわからず、束の間の休息はリュドラルの疲れを癒していく。

「だね…うーん、せっかく来てあげたのにね」
「起こしますかぁ?」
「ううん、いいよ。なんか気持ちよさそうに寝てるし、寝かせてあげよ」
「はぁい」

それから、15分経った頃、リュドラルは眠りから覚める。

「…んん…あれ?」

さっきはあんなに眩しかったのに何故…?
そう思いながら、まだ重い目蓋をゆっくりと開いていく。

「…くー…」

意識がまだぼんやりするが、頭上から音が聞こえる。
そこにはリュドラルに日陰を作るようにラミエルが座って、眠りこけている姿があった。

「え…、ら、ラミエル!?」
「ん? …あ、リュド、起きた? あ、いけない、涎たれちゃった」
ラミエルは直ぐに目を覚まして、口角を手で拭う。

「何で…」
「いや、呼んだのリュドだし」
「そうだけど」
ラミエルが寝ているリュドラルを覗き込む格好で、テンポよく会話が進む。何だか変な体勢だな…と思いながらも、リュドラルは起き上がろうとはしなかった。
「こないだと逆の格好だね」
「…そうだな」
ラミエルは珍しく無表情だった。
「何であんなことしたの」
「う、直球だな…」
見下ろされているからか、リュドラルはラミエルに気圧され気味だった。
「リュド私のこと、嫌いって言ってたでしょ?」
「そんなこと言ってない」
「そか。じゃ、どして」
ラミエルは一瞬だけはにかんで、直ぐにリュドラルに質問を投げかける。
「わからない」
リュドラルも応戦するように、直ぐに応えた。
「わからないって…何よ」
ラミエルが頬を膨らまして、納得行かないという顔をすると、
「俺だって驚いてるよ」
ラミエルから視線を逸らさず、リュドラルがため息混じりに告げた。
「…私、すっごくびっくりしたんだから。あれはナシね」
「…ああ。わかってるよ」
ラミエルに否定されたようで、ちくりとリュドラルの胸に痛みが走る。
この話題を早く終わらせたくて、リュドラルは身体を起こし、こちらをじっと見つめ座るラミエルから距離を取った。

しかし、ラミエルは話題を変えることはなく…。

「あ、ねぇねぇ」
ラミエルがリュドラルの両腕を掴み、問いかけてくる。
「何だよ?」

「あれって、どういうイミだったの? リュド、私のこと好きなの? それとも、成り行き?」
「え…」
ラミエルは首を傾げてちょっと不安そうな顔でリュドラルを見上げていた。
桃色の髪が風に揺れて、リュドラルの鼻にふわりと花の香りが届く。
その表情がリュドラルの胸をぎゅっと締め付けた。

「…な、…成り行き…っていうか…」
(ていうか、何だよ今の痛み…)
リュドラルはラミエルから逃れるように彼女の手を跳ね除け、自分の胸元を掴んだ。
心臓が早鐘を打っている。

なぜ?

「…そっかぁ。やっぱり」
ラミエルは残念そうに、はぁ、と息を吐いた。

「な、なんだよ、それ。ナシなんだろ?」
「…うん。そうだよ。あんなのはナシに決まってるじゃん」
ラミエルが口元に手を置いて、リュドラルを睨む。
「…う…あんなのって…」
(そんな風に言われる俺ってなんなんだろ…)

「…キスくらい、何ともないって思ってたけど、何ともあるって、わかっちゃった」
「え?」
(キスくらいって…なら何で…)

「…私、リュドのこと、好きになっちゃうかも」
リュドラルを真っ直ぐに見つめ、ラミエルは訴えかけるように告げる。
「え? ってか、お前って、俺のこと好きじゃなかったっ…け…」
会話が少々噛み合ってないが、リュドラルはラミエルの視線から目を逸らせなくなる。
もはや、話題変更もできない。
「えっとね、私、嫌いな人って居なくって」
「…どういうことだよ」

「私は天使だから。みんな大好きなんだよ。だから、誰とキスしたって平気だって思ってたの。ロジーとだってしたけど何ともなかった」

「…なにっ!?」
(ロディエルとキスしただと!?)
目を見開いて、ラミエルの肩を掴む。
「あ、多分ウィニエルもしてるし、大丈夫」
「そんなことはどうでもいいっ!! なんで、キスなんかしたんだよ!?」
責める様に訴えかけるが、ラミエルはしれっと、
「なにおこってるの」
(そんなことって、リュドってウィニエルのこと好きだったんじゃなかったっけ…?)
首を傾げて不思議そうな顔をする。
「怒ってなんかっ!!」
リュドラルの手に力がこもる。
「いやぁ〜…? すごい、こわい顔してるよ? あ、キスって言っても、突然されただけだから。リュドと一緒だよ」
(肩痛いな〜、相当怒ってるなぁ…何でだろ…)
にっこりと、ラミエルが笑うと、リュドラルは憤慨して、
「一緒にするなぁ!!」
がくんと、頭を垂れた。
「…でもね、リュドとはダメだったなぁ」
リュドラルの様子にラミエルはお構いなしに、続けた。
「え…」
「…リュドとはそんなこと出来ないよ」
「なんで」
「…さぁ…どうしてだろうね」
悪戯っぽい笑顔をリュドラルに向けると、
「…お、俺のこと、好きだから…?」
リュドラルの声は小さかった。

「自惚れ屋さ〜ん」
ふいに、ラミエルはリュドラルの両頬を抓って、勢いよく引っ張った。
「いてっ!!」
突然抓られた頬が痛くて、熱くて、両手で頬を覆う。
「私、成り行きはイヤだから。だから、こないだのはナシ」
ラミエルが立ち上がって、リュドラルに背を向ける。
「…っ…え…」
「リュドも謝ってくれなくていいから、忘れてね」
「忘れるって…」

「この話題はこれでおしまい! また、用があるなら呼んでね。じゃ〜ね〜」
「待てよ、ラミエル」
ラミエルの腕を掴んで、リュドラルは自分の方へ身体を向かせる。
「なんで」
「お前はなんで自分の言いたいことばっかり言って去っていくんだよ」
リュドラルは怒鳴らないように努めて、淡々と告げる。
そうしないと、ラミエルも応戦してしまうからだった。喧嘩を始めたいわけじゃない。
「…むぅ。だってそうじゃん。リュドだって成り行きなんでしょ。忘れた方がいいじゃん」
そう云ってラミエルは剥れるが、リュドラルはその顔を好ましく思い始めていたのか、怒りの感情は沸いてこない様子で、話を続けた。
「…成り行きだったけど、忘れた方がいいなんて俺は思ってない」
「だったら何よぅ」
不服なのか、口を尖らせる。
「…今はまだわかんないけど、俺、お前のこと…」
リュドラルが真摯に告げると、こういった場面が苦手なのか、ラミエルが一歩後ずさった。
「な、なによ…」
リュドラルも迷いがあるのか、間を取って出た言葉が、
「…やっぱ言えない」
「なら、やっぱ忘れて」
ラミエルはホッとしたような顔で告げた。

…のも束の間、リュドラルが続ける。

「あ。けど、一つ言える」
「なに」
「…俺、ウィニエルのことは諦めたから」
少し言い留まってから、リュドラルは告げ、ラミエルを真っ直ぐに見つめる。
「え…」
「ウィニエルには多分想う人がいるんだと思う。だから、俺は諦めるよ」
「…そんなこと、言われたって…」
ラミエルは困惑の表情を浮かべてリュドラルから視線を逸らした。
続け様、ラミエルの肩に手を置いて、

「ラミエル、俺のこと好きになってくれるか?」

リュドラルの言葉に驚いて、視線を戻すと、ラミエルは口をぽかんと開ける。

「え?」

「…俺も、お前のこと、好きになる」
(と思う…)

口角を上げ、ほのかに微笑んだ。
一方のラミエルは、口をぱくぱくと動かし、声が出ない様子で、やっと出た小さな声が、

「なによ…それ…」

だった。
リュドラルからそんなことを言われるとは思わず、ラミエルはただただ驚くばかりで、更に、

「よろしくな、ラミエル」

ぽん。
と、リュドラルは笑って、ラミエルの肩を叩くと、背を向け歩き始める。

「…な、なによぅ、それ!!」

自分から離れていくリュドラルの背に向かって、先程より出るようになった声を発する。
「あ、もう行っていいよ、ラミエル」
リュドラルは一度だけ振り返って、厄介払いするように手を払うと、さっさと歩いて行ってしまう。
だが、その表情は笑顔だった。

「な、なによ、それぇ!!」

その場に残されたラミエルは地面にへたり込み、リュドラルの言葉を反復する。

「…おれも、お前のこと…すきに…って…ええっ!? どういうこと!?」

ラミエルの頭上にクエスチョンマークがいくつも飛び交う。

「うーん、おそらくはぁ、勇者さまはぁ、ラミエルさまのことを好きなのではぁ?」
フロリンダがにこにこしながら、ラミエルの頭上を周回する。
「…わっ!? あ、そっか、フロリン居たんだ!!」
「はい〜。ずっと居ましたよぉ。勇者さまも行っちゃいましたし、天界に戻りましょうか〜」
驚きの表情を浮かべるラミエルを余所に、フロリンダは天界へと戻ろうと飛んで行ってしまう。
リュドラルに置いていかれ、フロリンダに置いていかれたラミエルはしばらく、その場に留まり、


「…参ったなぁ…」


頬をほんのり赤らめて人差し指でそれを掻いたあと、

「…ごめんね、リュド。私は、リュドのこと、好きにはならないよ」

俯いて胸元を強く掴むと、立ち上がった。
強情なラミエルの瞳が、涙をためて、リュドラルが立ち去った方へ目をやる。

「…リュドのばか」

そう告げて、ラミエルはその場から消えた。
一方で立ち去ったリュドラルは…、

「くしゅんっ!! な、なんだぁ? 急に鼻がムズムズして…」

鼻を擦って、後ろを振り返る。
「…ラミエルの奴、また何か言ってんだろ…」
(しょうがねぇじゃん、俺、おかしいんだからよ)

「…ラミエルのあほ」

そうして、リュドラルはまた一歩、目的地に向けて歩みを進めるのだった。



||| 3

私は、リュドのこと、好きにならない。
リュドも、私のことは好きならない。

でないと、困る。

「ひっじょーに、困るんだってば」
あの一件以来、ラミエルは天使の使命に復帰したのだったが、またもや、頭を抱えこんで唸りをあげていた。
「あ? なにが」
ラミエルの背中に、聞き慣れた声がして、
「うぉうっ!? ロジー!?」
条件反射ですぐさまロディエルに背は向けまいと身体を反転させ、向かい合う。
「よぉ。復帰おめでとさん☆」
ロディエルから軽くおでこをこつんと、小突かれると、
「ども、迷惑掛けたね。ウィニエルも」
屈託のない笑顔で、ロディエルの背後にいるウィニエル共々、礼を告げた。
「ううん、いいの」
ウィニエルもラミエルの笑顔に釣られて微笑む。
「二人一緒なんて珍しいね。あっ…」
ラミエルは自分で云ったことにしまったと、口を押さえたが、
「え? …ええ、まぁ…たまにはね」
「…まーな」
ウィニエルもロディエルも、互いの顔を見合わせてぎこちなく笑った。
「…あのね、ラミエル。私とロディエルは別に…、仲が悪いわけじゃないのよ?」
「そうそう。俺がウィニエルを一方的に愛してるだけで」
ロディエルの言葉にウィニエルが困った顔を浮かべて、抗議する。
「ロディエル、そういう誤解を招くような言い方、やめて下さい」
「はは、冗談だよ。俺のおいたが過ぎて、ウィニエルはずっと許してくれてないだけなんだからよ」
「そんなことはありません。ただ、ロディエルはいつまでそうしているのかと思って心配しているだけで」
「…俺の心配なんかしてないくせに」
「ロディエル…」
ウィニエルとロディエルの間に重い空気が流れ始めたのを察知したラミエルは慌てて、
「…あー、ごめんごめん!! 私の所為。忘れて! 二人が何だかんだで仲良いの知ってるからさ!! これからも仲良くしてこーよ!」
ラミエルは二人の手を取って、握手をさせる。
「ラミエル…」
「………」
ラミエルの行動に、納得したように二人は静かに微笑んだ。
「…それにしても、ラミエルが頭抱え込んでるなんて珍しいわね」
ウィニエルは心配して、ラミエルの頭を撫でる。
「…うーん、そうなんだよね…」
「なにがあったの?」
話してみて? とウィニエルが瞳で語りかけて来ると、
「…うー…」
ラミエルは目を細めてロディエルを見た。
「ん? 何だよ、俺が聞いちゃマズイのかよ」
ロディエルはラミエルの部屋にも関わらず、勝手にベッドに横になっていた。
「…別にまずくわないけどー。聞かれたくなーい」
口を尖らせ、ウィニエルの腕にしがみつく。
「…そっか。んじゃ聞いてやる」
「んがーっ!! ロジーのいじわる!!」
あかんべぇをして、ウィニエルを見上げると、
「…ロディエルもラミエルのこと心配なのよ」
意外にも、ウィニエルはロディエルの味方をしたのだった。
「え…ウィニエルがそういうなら、いっか。でも! …云わないでよね」
「余計なことは云わねーよ」
ロディエルの格好はだらしなかったが、返答はまともだった。
「…ウィニエルはさ、インフォスに好きな人居る?」
「えっ!?」
ラミエルの直球に、ウィニエルは…、
「…えと…あの…その…」
答えに戸惑い、口ごもってしまう。
「…あのね、私は派遣された世界で好きな人は作らないって決めてるの」
「………」
ロディエルは何故か納得したように二度頷く。
「…だってね、好きになっちゃったら、離れるの辛くなるでしょ?」
「…ええ…そうですね…」
ウィニエルは俯いて、ラミエルから視線を逸らした。
「私達天使は天界に還らないといけないんだよ」
「…はい」
「…そうなった時、哀しいじゃん。辛いし、淋しいし」
「…そうよね…」
「…だからね、好きにはならないって決めてるの」
「…好きにはならない…って決めてるの?」
ウィニエルは再びラミエルに視線を戻して訊ねる。
「うん、そう。そりゃあ、分け隔てなくみんな好きだよ? でも、特別な”好き”の感情は抱かない。でないと困る」
「困る? なにが困るんだ?」
ロディエルも、ラミエルに訊ねる。
「…決めたものは決めてるし、とにかく困るの! もし、地上に残ったとしたって、ウィニエルとロジーと離れるのはイヤだし。困るでしょ?」
「…まぁ、そりゃ困るっていうか…辛いよな」
ロディエルは二人を大事に想っているからか、素直に意見を述べた。
「ええ…でも、好きって気付いたら、どうしたらいいの?」
ウィニエルが予想外の質問で再び訊ねる。
「え…」
ラミエルは口を開けて、ウィニエルの言葉を待った。
「…あ、ううん、何でもないの。ただ…気付いたら好きだったってこと、あるかなって…」
誰を想っているのかわからないが、ウィニエルは頬をほんのりと赤く染めた。
「…よ、予告されてたら、大丈夫だよねぇ?」
ラミエルはウィニエルに縋るように腕を強く掴んだ。
「え?」
その様子にウィニエルが首を傾げる。
「だ、だって、前もって云われてるなら、こっちも心構えって出来るじゃん?」
うろたえて、ウィニエルに訴える。
「…はぁ? なに言ってんの、お前」
ラミエルの様子に、ロディエルは起き上がって首を傾げた。
「じ、自分だってなに言ってんのかわかんないよー!! だって、好きになんてならないんだから!!」
今度はロディエルの腕にしがみつく。
「…お前、なに怖がってんだよ?」
「…怖がってなんていないよ! ただ、困るからっ!!」
ラミエルは必死の形相で、告げると、ロディエルは何かに気付いたように、
「…ほぉ…なるほどな…」
ラミエルの手を解いて、立ち上がった。
「…え…?」
「…俺は地上へ戻るぜ。勇者が待ってるからな」
部屋から出ようとラミエル・ウィニエルの横を通り過ぎる。
「ろ、ロジー…?」

「…いいんじゃねーの? 好きな奴くらいいたって。居ないより居た方が護り甲斐もあるだろ」
…まぁ、俺には居ないけどな…。

「…ロディエル…」
最後の一言は、距離的にウィニエルにしか聞こえず、ウィニエルはロディエルの背中を見守っていた。
「…護りがいなんて要らないよ…元より大事にしたいって思ってるんだから…」
「ラミエル…」
「…うーん。やっぱり、困るよ…」
はぁ、とため息をつく様子に、ウィニエルは静かに、ラミエルの肩に手を置いた。
「…あのね、ラミエル」
「ん?」
「…大丈夫よ。私は、自然でいいと思うな…」
ラミエルを安心させようと、ウィニエルは微笑む。
「え…」
「…ラミエルが責任感が強いっていうのはわかっているけど、抱えているものが何かは私にはわからない。でもね、誰かを好きになるって、そんなに困ることじゃないと思うの」
ウィニエルのその声は穏やかで、誰もが落ち着く声色。全てを包み込んで許してくれるような優しさが溢れていた。
「ウィニエル…」
ラミエルがウィニエルに釣られてうすく口角を上げる。
「…不安はあるけど、困ったりはしないわ」
迷いの無い瞳でラミエルを見つめる。
「…そっか、ウィニエルには居るんだもんね」
ラミエルは悪気なく、笑顔で告げた。
「えっ、あ、えっと…」
ウィニエルはこの話題に触れると途端口ごもってしまう。
「…てか、バレバレだし…。たださ…、最後のこととか考えてる?」
じとっとウィニエルを横目に見てから、無表情で告げたのだった。
「…最後…?」
「別れなきゃいけないんだよ。私達は天使だから。ウィニエルはそれでもいいの?」
ウィニエルのことを知っている上で聞いていたが、責めるような言い方ではなかった。
「…私は…」
「…私はね、それが辛い。地上に残ってくれって言われたとしても、私は残るつもりはないから」
何の躊躇いも無く、ラミエルは残ることは絶対にないと、断言する。
「…ラミエル…でも、まだ堕天使を倒していないのだし…」
ウィニエルは今の現状を見ながら応えたが、
「勝つよ」
「え…」
「私達は絶対勝つ。負けるわけない。だから、未来のことを語れるの」
「ラミエル…」
ラミエルがきっぱりと言い切るものだから、ウィニエルは逆に不安になって、彼女の顔色を伺った。
「私は、インフォスを護るし、ウィニエルもロジーも護るよ。でも、インフォスには残らない」
迷いのない瞳がウィニエルを真っ直ぐに見つめる。
「…それでも、惹かれるなら、好きになる」
ウィニエルは自分のことに置き換えているような云い方で、小さく告げるが、ウィニエルの言葉を打ち消すように、
「好きにはならないよ」
頭を横に振るう。
その様子にウィニエルは少し間を空けて、口を開く。
「…ラミエル、さっきのことだけど…」
「ん?」
「…私は、最後に離れ離れになるとしても、後悔はしないわ。好きって気持ちは、事実なのだから」
頷くような仕草で、自分の胸に両手をやり、心臓を覆うようにした。
気持ちを包み込むような、その表情は穏やかで、満たされているような顔だった。
「…私にはわからないよ…」
ウィニエルの表情にラミエルは視線を床に落とす。
「…あのね、上手く…言えないけれど、別に構えなくてもいいと思うの。きっと、大丈夫だから、ラミエルはそのとき感じた気持ちを大事にすればいい」
「…そのときのきもち?」
「…うん。好きにならない、なる、とかじゃなくて、そのとき、どう思うか」
ウィニエルはラミエルに諭すようにそう告げる。
「…私…」
ラミエルの中には葛藤があった。

好きになってはいけない、

そう思えば思うほど、惹かれる。
けれど、好きになったら苦しくなる。

「…私には、わかるわ。ラミエルはもう…」
ウィニエルが見透かしたかのように指摘する。
「…言わないでよ、ウィニエル。気付いたら終わりなんだから」
「そこまで頑なに拒むものなの?」
ラミエルの頑なな態度にウィニエルは不思議そうに訊ねてくる。
「…ウィニエルにはわかんないよ。抱えているものが違うんだから」
「え…?」
「…もう帰って、この話題は終わり」
「ら、ラミエル?」
ラミエルはウィニエルを部屋から追い出すように手を取り、ドアへと促す。
「…大丈夫だよ。そのときの気持ちを大事にすればいいんでしょ? そうするから、大丈夫…ありがと、ウィニエル」
強制終了させるように、ラミエルは自分を心配するウィニエルを部屋から出してしまう。

「ラミエル…何か辛いことがあったら、いつでも相談してね」

ウィニエルが部屋から出ると、ドア越しにそう聞こえた。

「…うん」

ラミエルはドアに額をつけて、静かに応えた。

「…私はインフォスに残れないんだよ。私が願っても。ウィニエルやロジーが許してくれても。それなら、好きにならなければいいでしょう? リュド」

一筋の涙を零した後のラミエルの表情は晴れやかだった。

「さぁ、あとは笑って頑張るだけ!」

ラミエルは自分の部屋から出て、地上へと目指す。



||| 4

感情はいつか、身を滅ぼす。
でも、それは、必要なこと。

あれから、一月ほど経った頃。
ラミエルは今まで通り、インフォスの任務を忠実にこなしていた。
まるで、何事もなかったかのように。
「なぁ、ラミエル」
「なに」
ある日、野原を移動中のリュドラルの元へラミエルは訪問していた。リュドラルの背後にラミエルが付き添うように浮いている。
立ち止まって、リュドラルはラミエルに訊ねる。
「…お前ってさ、最近笑わないな」
「そう?」
リュドラルの質問にラミエルは無表情で首を傾げる。
「…俺、何かしたかよ」
「別に」
「最近さ…俺のとこに来る回数増えたのはうれしいんだけどさ…」
リュドラルはラミエルを嫌いという認識から好きへとシフトしたからなのか、以前よりも素直に話せるようになっていた。
「へぇ、うれしいんだ」
だが、ラミエルは以前より比べ物にならないくらいに皮肉たっぷりに返す。
「な、なんだよ」
「どうしてだろうね〜?」
上目遣いに、リュドラルを覗き込み、うろたえる彼に、ラミエルは意地悪くにやつく。
最近ずっとそうだ。
ラミエルはリュドラルに対して、横柄な態度を取ってばかりいる。それにリュドラルが気付かないわけがなかった。
「俺のこと避けてるだろ、なんでだ?」
ラミエルの腕を引き寄せ、真っ直ぐに瞳を見据える。
「さ、避けてなんかないじゃん。こんなにしょっちゅう来てて避けてるって言える?」
今度はラミエルがうろたえて、リュドラルの視線から逃れるように、地面を見る。
「…そうじゃないんだけど、お前、最近笑わないし、何か前より距離を感じるっていうかさ…」
「わ、笑ってない? そんなことないと思うけど?」
無理やりに口角を上げるが、不自然過ぎたのか、リュドラルははぁ、と小さくため息をつく。
「俺のことが嫌いなら、もう来なくていいよ」
「え…」
「あ、けど安心してくれ、ちゃんと勇者は続けるから。天使ならウィニエルやロディエルも居るしな」
リュドラルはラミエルを試すように、告げる。
本当に来ないでいいなんて思ってはいなかった。が、
「あ、うん」
ラミエルの答えはあっさりしていて、リュドラルの頭に血が上る。
「あ、うん…って…お前、わかってんのか?」
不愉快そうな顔で、ラミエルを睨みつける。
「………うん」
少し気まずそうに一定の間を置いてから、ラミエルは頷いた。
その様子に刹那リュドラルは眉間に皺を寄せ、傷ついた表情を浮かべた。
「…お前の心が見えないから、俺はどうしたらいいかわからない」
「私の心…?」
「俺は、お前のこと好きになり始めてる。でも、お前は俺のこと、嫌いになったんだろ?」
「嫌いになんかなってない」
ラミエルは頭を2,3度水平に振ってから、リュドラルを見上げる。
「でも、最近俺と一緒に居るお前は、辛そうだ。どうせ辛い旅だ、せめて、明るく笑っていたい。お前だってそう思うだろ?」
「リュド…」
「お前、以前は太陽みたく明るく笑ってたじゃんか。…俺がそれを壊したのかもしれないけど、お前には笑ってて欲しいから」
リュドラルは無理にラミエルに笑いかける。
「…ってば…」
「え…」
「…お前じゃないってば…私には名前が…」
頬を膨らまして、リュドラルのシャツの胸元を掴んだ。

「ラミエル。わかってるよ、ラミエル」

すがるようなラミエルの態度にリュドラルは優しく微笑む。
「…リュド…」
ラミエルは複雑そうに、少し涙ぐんだ。
「笑えよ。俺から離れて、笑顔が戻るなら、もう俺の所に来なくていい」
リュドラルの口から言いたくも無いセリフが勝手に出て行く。
「イヤだ」
ラミエルはラミエルですぐさま断る。
リュドラルの元に来るのが嫌というわけではないのがわかる。
「何だよ、笑わないのに俺のところに来たってしょうがないだろ?」
ラミエルの不可解な物言いに、リュドラルは再び問いかける。
「笑えばいいんでしょ」
可愛げなく、言葉を吐き返す。
「なんだよ、その言い方」
リュドラルも怯むことはなかった。
「リュドの前だと、こうなっちゃうんだから、しょうがないでしょ」
「…あのなぁ、お前ってそんな性格だったのか?」
「わかんないよ! ただ、リュドの前だと調子狂っちゃって」
以前と変わらずテンポよく会話が進んでいたと思ったが、
「え…」
ラミエルの一言でリュドラルが押し黙ってしまった。
「………」
ラミエルも同じように黙り込んでしまう。
しばらくの沈黙のあと…、
「ラミエル、俺…」
先に口を開いたのはリュドラルだった。
「…私はリュドのこと、好きにはならないって決めてるから」
「何だよ、なら、来なきゃいいだろ?」
「そうだね、私だって来たくない」
「…お前なぁ」
「…でも、気がついたら来てるんだよね。何でなんだろ」
ラミエルは視線を地面に泳がせ、小さくため息をつく。
「ラミエル…お前、性格悪いぞ」
リュドラルはラミエルを自分に引き寄せ、
「な…に…」
優しくラミエルを包み込み、抱きしめた。
「…お前、俺のこと好きなんだろ」
「…そんなわけないじゃん、好きにならないって言ってるでしょ」
ラミエルは抵抗することなく、大人しく軽口をたたく。
「…はいはい、わかったよ。けど、俺はもう引き返せないから」
そう云いながら、リュドラルはラミエルの頭を撫でた。
「…リュドの…ばか」
「何だよ」
「私は天使としてリュドの傍に居たい。それでもいい?」
ラミエルの瞳から一筋の涙が伝う。
「…ああ、いいよ」
「…リュド。ごめんね」
「何が」

「…ごめんね」

ラミエルはそう告げて、リュドラルの腰に手を回して、抱き返した。

「…お前って、わけわかんない女」
二人を暖かな日差しが包む。
リュドラルはラミエルが自分の腕の中にいることに安心したのか、穏やかに微笑んだ。
「失礼な」
「…好きになったらいつでも言ってくれていいからな。我慢しなくていいからな」
「なに言ってるの」
ラミエルはリュドラルの発言に彼から離れて、見上げる。
「顔、赤いぜ?」
屈託なく、リュドラルが笑う。
「なに言ってるのってば!」
ラミエルはリュドラルの両頬をぎゅっと抓った。

「いてっ」

「リュドが変なこと言うからだよ、あははっ。変な顔っ」
「ラミエルお前!」
リュドラルはラミエルの頬に触れようとする。
だが、ラミエルは何かを察知したのか、身を翻して、走り始めた。
「あははっ! 悔しかったら捕まえてみなさーい!」
翼を隠して、ラミエルはリュドラルの前を走る。
「あ、待てよ!」
「やだよー!」

二人はしばらく野原を駆ける。

「捕まえたっ!」
ようやくラミエルの手首を掴む。
「わっ!」
「うわっ!」
ラミエルは反動で後ろに倒れそうになるが、リュドラルはそれを受け止め、自分が下敷きになるようにして尻餅をついた。
「ててて」
「…はぁ、びっくりしたぁ! あ、ごめんね、リュド」
リュドラルの膝の上にラミエルが乗っかる形で、彼女は振り返る。
「重いな、お前」
笑いながら、冗談めかして告げたが、ラミエルにはそう取れなったようで、
「はいはい、今退きますよーだ」
ラミエルは身体を起こそうとした。
「あ、うそうそ」
「え…」
「………」
リュドラルは無言のまま、ラミエルを後ろから抱きしめた。
翼がないラミエルはいつもより小さく感じた。
「…リュドー…なんで、抱きしめるのー?」
「さぁね」
「…リュドのばかー…」
ラミエルは俯いてしまう。耳が赤いのを、リュドラルは見つけて、
「バカバカうるさいなぁ…」
つい、憎まれ口を叩くが、その顔は穏やかだった。
「………」
ラミエルも黙り込んで穏やかに微笑む。
「…ねぇ、この格好、恥ずかしいよ」
しばらく経つと、ラミエルは口火を切った。
「…うん、そうだな」
「…放す気ないんだ?」
「ん…もう少し。このまま」
ラミエルの肩に顎を乗せ、彼女の髪の感触を楽しむ。
「…もう、リュドってば、こないだと態度違い過ぎるよ」
ラミエルは抵抗することはなかったが、リュドラルの手に自分の手を添えた。
「しょうがないだろ、気が付いちゃったんだから」
「…ウィニエルのこと、好きだったくせに」
「否定はしない。でも、今はラミエルのことばっかなんだ」
ラミエルの耳元で、リュドラルが囁くと、ラミエルは上空を見上げてふぅっと一息つく。
「…そんなこと言われても困るよ…」
その様子に、リュドラルはあまり困らせるのも可哀相に思えて、ある提案をした。
「…なぁ、ラミエル、一緒に昼寝でもしないか?」
「…いいね、それ!」
ラミエルがリュドラルの方を振り向く。
「…あ」
間近に互いの顔を見合うと、二人は改めて頬を赤らめた。

「い、いい風吹くよな、ここ」
「そ、そうだね」

ぱっ、と、直ぐに二人は離れ、並んでその場に仰向けになる。

「…あー、いー天気…」
「うん…」
青い空に白い雲が穏やかに流れていく。
二人は同じ景色を見ていた。
「あ、ラミエル」
「なに?」
「手、貸して」
「はい」
ラミエルが手を出すと、リュドラルはそれを取って、青空の下、二人は手を繋いで目を瞑る。
ものの数分も経たないうちに、リュドラルからかすかな寝息が聞こえてきて、
「リュド寝るの早いな〜…ははは」
ラミエルは身体を起こして、幸せそうに眠るリュドラルを見つめる。
「今の気持ちを大事に…か。今は、まだ、それでいいのかな…許してもらえるのかな…」
不安はあるけれど、自分の気持ちがどう動いているか、何となくはわかっている。
この先の未来、辛くなるとしても、嘘は吐けない。

先のことを考えると、リスクの方が高い。
瞬時にラミエルの頭をそんな考えが過ぎる。

それでも、惹かれずにいられない。

「今は、何も考えなくてもいいかな」

ラミエルは眠るリュドラルの横に擦り寄り、微笑を湛えながら目を閉じた。
ラミエルの中に眠る悩みが何かわかれば、解決法が見つかるのだろうが、その話はまだ先の話になる。



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*後書き*

ううわ。
書いてて途中で気付きましたが、これ、3人称なのです。
キャラものって、確か1人称だったはずなのに、しまったよー。
短編にするときは1人称の方が書きやすいはずなのに。
まぁ、いいや。

前回の続きものになります。短編ではなく、長編になるのか…?
しかし、未だかつてないほど、わかりづらい。
テーマは不器用な恋愛でしょうか。
ラミーさんにも秘密があるもよお。徐々に判明させます。
不定期で頑張りますね〜。

しかし、ラミエル、未だに掴み辛い。
当初とは段々違ってくるな…。

ここまで拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。