−その声で呼んで−

||| 1
「ローザ、頼みがあるんだけど」
「はい、天使様をお呼びすればいいんですね?」

「ああ、頼むよ」

俺は妖精に天使を呼んでくれるように頼んでいた。
インフォスに遣わされた天使は三人。女の天使が二人と男の天使が一人。三人は肉親ではないが、共に育った兄弟みたいなものだって言っていた。
三人は同い年だけど、生まれ順がある。

一番年上はウィニエル。
飴色の緩いウェーブの掛かった長い髪の碧の瞳の美人。落ち着きがあって、いつも静かに色々と相談にのってくれて話しやすい。何を言っても、ただ静かに優しく微笑んで聞いてくれる。時折びっくりさせてやると、普段とは違う可愛い一面が見れる。俺が贈り物をすると、すごくうれしそうに受け取ってくれて、その微笑みにいつも癒され、度々贈り物をする。それは俺が彼女を好ましく思っているからで、妖精達に聞いても、彼女は俺と同じ印象らしく、『キレイなお姉さん』なのかも。そんなだから、一番上だって納得。俺と並んだら、恋人同士に、見られるのかな?

二番目はロディエル。
長身で…て言っても、俺と同等か、やや低いくらいか…線は細くて、肩までのさらっとした漆黒の髪に切れ長の紫の瞳、男の俺から見てもいい顔立ちをしていると思う。優男って感じだ。ただ、俺が嫌いなのか男が嫌いなのか、呼び出すといつも不機嫌で、つんとして話し辛いし絡み辛い。けど戦闘の時のサポートは上手いと思う。ウィニエルやラミエルに聞いた話じゃ女好きで、女勇者にちょっかいを出しては怒られているらしい。俺には天界のことはよくわからないけど、こんな天使が居ていいのかちょっと疑問だ。でも、何か嫌いになれないヤツ。

末っ子がラミエル。
桃色の滑らかな長い髪は腰から十センチ上まで伸び、頭の両側耳近くにパールの飾りゴムで少しだけ結んである。大きくクリクリとした瞳は宝石のルビーに似てる。じっと見てると、吸い込まれそうになる。背丈は俺の肩よりも低くて、翼で浮いてなきゃ、俺と話し辛そうだ。実は、俺、ちょっと苦手だったりする。

何で苦手かって言うと……、


「リュドー!!」


ウィニエルに頼まれた事件を解決するため、俺は目的地へと向かっていた。ウィニエルからの頼みだから、早く片付けてやりたい。今日は本来なら、ロディエルが同行するはずだったんだけど、あいつは、別の勇者の所へ行ったらしい。


……おそらく、女勇者だろう。
もう少し仲良くなったら、どんな女勇者なのか、聞いてみたい気もする。


ウィニエルは別の事件で急行しているらしい。彼女は真面目だから、いつでも勇者一人に事件を任せっきりにしたりはしない。俺が目的地に着く頃にも必ず来てくれる。

けど、目的地までまだまだ。
俺の足で2週間は掛かるか。急行した事件が解決したら、ウィニエル、会いに来てくれるかな?
終わったら呼んでみればいいか……。
でも、昨日呼んだばっかりだしな……それに、ウィニエルは他の勇者からも信頼されてるからか、別の勇者のところにいることが多いんだよなぁ……あんまり呼んで、俺がウィニエルに好意を持ってるってこと、悟られたくないしなぁ。

そんなわけで、俺は一人で旅してるってわけ。
当然、ラミエルは呼んでない。


「……この声は……」

「ちょっとー、どうして呼んでくれないのよぅ!」

俺の目の前に頬を赤く膨らました天使が舞い降りてくる。相当怒っているらしい。眉間に皺を寄せ、こちらを睨み付けている。

「なんだよ、俺は一人で大丈夫だって」
「そういうわけには行かないんだってば!」

語尾の”ば!”と共に、ピンク髪の天使から肘鉄が繰り出され、俺の腹に鋭く刺さった。

「っ!? いっ…た…っ」
腹を抱え、天使の攻撃に後ずさる。
「わっ!? ごめん!! 避けるかと!! ……ってか、そんな痛くないはずだよ!? 寸止めした、寸止め!」

「うっ……」
俺はその場に膝を打ち、倒れこんだ。

「ちょ、ちょっと大丈夫〜??? 本当に痛いの???」
「う、疑うのかよっ……げほっ、げほっ…」
「そういうわけじゃあないけど、リュドって、そんなひ弱じゃないっしょ?」
ラミエルは倒れた俺に駆け寄り、俺を起こそうとする。

「っ……これだけいい腕持ってるなら、俺なんて要らないんじゃないのか? 堕天使と戦えるだろ」
俺は俺の身体を起こそうとするラミエルを見下すように、白けた視線を流した。
「何言ってんのよ〜! 勇者が戦ってくんなきゃ、私等なんなのよ〜!! モンスターばったばった倒してよぉ!!」
ルビーの瞳が俺を真っ直ぐ見つめて、懇願する。
「……モンスターの一部に俺の友達が要るって前言ったよな?」

俺が彼女を苦手な理由。

「それがなんなのよぅ? 悪いモンスターは倒す、勇者として当然でしょう?」
「俺、そういう所、納得できないし、お前のことも信用できないんだけど」
怪訝の顔で、俺の身体を支えるラミエルの手を振り払った。

「むぅ。お前って言われたくない。私はラミエルって名前なんですけど」
払われた手に気にすることなく、ラミエルは俺の身体を尚も起こそうとする。
「問題すりかえんなよ。あんたの名前なんかどうだっていいって」
「あんたじゃなくて、ラ・ミ・エ・ル!! 別に問題すり替えてなんか無いじゃん。大体、リュドは私の何が気に入らないわけ? 私、ちゃんと同行して、ちゃんと仕事してるよ?」


「……仕事って……」


ラミエルは天使として、自分がどういう立場なのか、よくわかってる。


「……天使の仕事はこのインフォスの時の淀みを清浄にすること。原因究明、打倒堕天使!! ウィニエルだって、同じだよ?全部終わったら天界に帰るんだから。ウィニエルだって、そうなんだから。ロジーだって。さっさと終わらせたいのよね。次の世界にも行かなくちゃだし」


はきはきとした明るい声で、自信に満ち溢れながら、俺を見上げて告げた。
まごまごしている勇者……俺達は役立たずとばかりに、事件の解決を急かすように。

ロディエルでもそこまでは言わない。彼はむしろ、インフォスでの任務を楽しんでいるようだ。
ウィニエルは当然のことながら、俺にいつも謝罪と礼を繰り返していて、辛そうだけど、どんなことも受け入れるつもりでいるみたいで、俺の痛みをわかってくれる。他の勇者の痛みも多分受け入れているんだろう。


でも、ラミエルは違う。はっきりと、告げるんだ。


”時の淀みの早期解決。誰かが亡くなってもそれは仕方のないこと”

と。
鋭く、意志の強い眼差しで。


俺は、彼女のような冷徹な人間が苦手だ。
……最も、彼女は人間じゃないが。

そのくせ、

「あ。そういや、リュド、今日はどっか宿取ったの? もうそろそろ日が暮れるよ。この先にね、小さな村があったから、宿取っておいたよ」

変なところは気が利くんだ。

「宿屋なんて、自分で取るからいいよ」
「宿取らないと、野宿するでしょ? 私の勇者が寝ている間に殺されたら困るじゃない。 明日はその先の山越えなきゃなんだからちゃんと休んでおいてよ?」
ラミエルは勇者を自分の所有物のように思っている、と俺はみてる。
「……お前の勇者になった覚えはないんだけど……」
「なんで? スカウトしたの、私だよ? あ、お前じゃなくて、ラミエルね」
大きな瞳と目が合って、その瞳が二度、瞬きをした。

「ラミエル」
「はいはい?」
ラミエルは俺に呼ばれると、うっすらと笑う。見た目だけなら、天使の微笑みと、誰もが言うんだろうけど。

「なんで、お前って、そう自分勝手なわけ?」
俺の腹にモヤモヤした何かと、不愉快な感覚が流れる。
多分、いや、明らかに俺は苛立っている。 それも、さっきからずっと。
苛立ちを抑えながら俺は、ラミエルに冷たい視線を送った。

「自分勝手? 私のどこが?」
ラミエルは何もわかっていないのか、無防備に小首を傾げる。

顔は可愛い。それは認める。

だが、

これが、ウィニエルだったら、どんなに良かったか、と俺は思ってしまう。
同じ天使なのに性格がこうも違うと、苦手……というか、俺は多分、こいつが嫌いなんだと思う。


ラミエルといると、俺のペースがことごとく崩される。
ウィニエルのように俺に合わせてなんてくれない。この女は。


「天使ってのは、いつも柔和に笑って、人間を見守るもんだろ?」
俺の天使のイメージは、そんな感じだった。
けど、ラミエルは動じることなく、こう答えるんだ。


「へ? ……柔和に笑ってって…何で? ロジーなんかいっつもムスッとしてるじゃん」



「…………」
ご名答。確かに、ロディエルはいつもムスっとしている。
でも、俺が言ってるのは…。


「……う、ウィニエルはいつも、笑ってるから……」
こいつにも悟られたくない、俺の気持ち。
絶対、ウィニエルに告げ口をするに決まってる。こないだだって、俺がウィニエルに黙っておいて欲しいことを、ウィニエルの口から聞いてしまった。あれは驚いた。

ラミエルにしか話していなかったことだから、誰が言ったかなんて、すぐわかった。


「…………」


ラミエルは黙り込んで、俺からやっと離れて立ち上がる。ラミエルの膝が丁度目に入って、そこには土が着き汚れ、一部、小石でも踏んでいたのか、赤い血が流れていた。彼女はそれを気にすることなく、両手で雑に土を払う。
「あ……」
俺はそれに何故か罪悪感を感じてしまう。


「……あれは、逃げてるだけでしょ?」
長い沈黙の後、彼女が言った言葉がこれだった。


「なに!?」
「……ウィニエルは逃げてるだけだから、あんな顔してられるんだよ」
ラミエルが道を外れ、道端の草原へと足を踏み入れて、俺はすぐ様その後を追う。

ラミエルの声のトーンが先ほどより下がっていたのに気がつかない俺はついムキになって、彼女の手首を掴んで強く引いた。
「ウィニエルのこと悪く言うな!!」
前を行くラミエルが、抵抗しながら俺の力に負けて振り返る。
「……っ…何でよっ!? 本当のこと言って何が悪いのっ!?」
ラミエルは俺の手を払うように、抵抗するが俺は手を離さなかった。
「訂正しろよ!!」
「いったっ!! ちょっ、放してよ!!」
ラミエルは翼を羽ばたかせて飛ぼうとするが、俺は絶対に訂正させてやるとばかりに、
「ウィニエルはよくやってる!! 逃げてなんかいないだろ!?」
再びラミエルの腕を強く引っ張った。

逃がしたり、しない。
ウィニエルのことを訂正するまで、絶対に。

「ちょっと…やっ!!? ばっか…っ!!」
「えっ!? うわっ!?」

勢い余ってか、ラミエルが草を踏みつけた拍子に葉と靴とが擦れ合い足を滑らせ、俺達は緑の絨毯の上に倒れこんでしまう。ラミエルの身体が緑の葉に埋まって、俺は彼女の上に馬乗りになった形で、見下ろす。
そんなこともお構いなしに、俺はラミエルに馬乗りになったまま声を上げていた。

「……っ……訂正しろよ!!」

「…っいたたたぁ……っていうか、重…!?」
ラミエルを挟むようにした俺の格好に、脚が衣服の裾を踏みつけているから、彼女の太股に重みを与えている。
でも、今の俺にはそんなこと、どうでも良かった。
「ウィニエルは逃げてなんかないって言えよ!!」
ラミエルの腕を掴みながら告げる。

ラミエルだって、天使なんだろう?
何で、ウィニエルのことを悪く言うんだ。
ウィニエルとは、兄弟みたいなもんなんだろう?
何でそんなこと言うんだよ。

ウィニエルは、ラミエルのこと、よく言ってるのに。


『ラミエルは、とってもいい娘なんですよ。優しくて、思いやりがあって。とても、天使らしい天使なんです』


ウィニエルの優しい顔が浮かぶ。いつも、ウィニエルはそう言う。ラミエルのことがとても大事なんだって、俺でも妬けるくらいの最上級の笑顔で。それは終始変わることはない。

でも、ラミエルは、違う。
ウィニエルは逃げてる、と。

俺は、二人がちゃんとした絆で結ばれていて欲しいと願っているんだ。
いや、違う。彼女が悪く言われているのを放っておけない。



俺は、ウィニエルが、……好きだから。



「っ…!! そんな向きにならなくたっていいでしょ!? 何でそんなにムキになるわけ!?」

ラミエルが俺を睨み付けて、怒鳴る。

どうせ、ラミエルには通じやしないんだ。
ラミエルなんかに、こんな気持ちを悟られるわけにはいかない。

「ウィニエルを悪く言うなって言ってんだろ!?」
俺は、腕に力を込め、わからせてやろうという一念で、彼女の腕を強く掴む。
痛かろうが、なんだろうが、そんなこと知ったこっちゃなかった。


「いっ!!」


相当痛かったのだろう、彼女は歯を食いしばる。
そして、観念したのか、口を開く。
瞳から、一粒だけ雫を頬に落として。


何を言うつもりなんだ?
俺を納得させることなんだろうな?

でなけりゃ、この腕にもっと力を込めてやろうか。
折ったっていい。

どうせ、天使だ。
すぐ治せるんだろう?

…なんて、思ってしまうほどに理性が殆ど残っていなかった。


ウィニエルのことになると、俺はどうしようもない。



けど、理性なんて、すぐ戻るもんだって、
俺は気づかされることになる。


「悪くなんて言ってない!! 彼女は、何でも内に溜め込むから、もっと言えばいいのにって!! そう思ってる!! 自分が思ってること誰かに伝えられないのは、その人と向き合うことに逃げてるってことでしょ!? 私はそのことを言ってるだけ!!」


ラミエルが、必死に俺に訴えるように眉を顰めながら告げた。


「……え……どういうことだよ…それ……」

「リュド!! 私はウィニエルとずっと一緒に居たんだよ!? ずっとずっと、100年以上一緒に! その彼女を何故悪く言う必要が? あなたは、ウィニエルの何を見てたの?」
真っ直ぐ俺を見つめるラミエルの視線に俺の力が緩む。

「な……」

「……ウィニエルは私やロジーにとって特別な存在なの。楽しいことも、哀しいことも、一緒に経験してきた仲間だからこそ、ちゃんと向き合って欲しいって思ってる。私にだって、向き合わなきゃいけないことがあるのもわかってる。……言葉の表面だけが真実とは限らないでしょ?」


「…………」


俺は二の句が告げなくなっていた。ラミエルは、むやみにウィニエルを悪く言ったわけじゃなかった。表向きの言葉の裏に真実がある。
確かにそうかもしれない。100年以上も一緒に過ごした仲間。互いに信頼し合っている。

そんなことは読めてたはずだったのに。


急にラミエルが言ってることがまともな気がしてきた。


「ただ勇者に事件を解決させておけばいい、なんて、私思ってないよ。一人でなんて絶対行かせない。私が選んだ勇者を死なせたりなんか絶対しない。それが、私の使命だもん。インフォスを救いたい。私なりに、私の出来る限りのことはするつもりだよ? ウィニエルはいざとなったら命を投げ出すだろうけど、私はそんなことしないんだから」

「……だろうな、お前は命を投げ出したりなんかしないタイ……プ…」
ラミエルが俺の両頬を掴んで俺を見据える。

「……ふぅ。リュドって、私のこと、すごい誤解してるよね。……別にいいけどさ」
ラミエルが呆れたように、ため息をついて、少しはにかんだ。
「?…誤解って何が?」

「……ウィニエルも、勇者も死なせたりしない。そうならないように、私が居るんだから、ね?」


「え……?」


俺はどういうことかと訊き返そうとしたが、ラミエルのはにかんだ顔が、少しだけ哀しそうに見えた気がして訊けなくて。
けど、その表情は…気のせい?


「……どうでもいいけど、いつまで乗っかってるつもり? どいてくんないかなぁ?」
すぐに、眉間に皺を寄せて、ラミエルは俺の両頬を優しく抓る。

「いてて、わ、悪ふぁったよ」
俺はどこうと、身体を動かすが、それをラミエルは静止させて、俺を見つめた。

「……リュド……」

「な、何……」

ラミエルの視線にどきっと、俺の心臓が一度だけ大きな波を打つ。俺はラミエルと視線を混じ合わせたまま、天使を見下ろす。見下ろした天使をよく見ると、可愛い顔をした少女で、身体つきだって身長が違うし、ウィニエルほど色気はないけど、大人っぽくないってだけで彼女とそう大差ない。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んで…って、俺は何を…。
…俺はその少女に馬乗りになっていたわけで。

…なんだか急に恥ずかしくなってきた。
下敷きになっている少女ははたから見たら襲われているようにも見える。

でも、ラミエルなんだぜ?
あの、ラミエル。

俺の苦手な、
嫌いな女。

なのに、何で俺、今一瞬どきっとしたんだろう。

「…あのね、リュド、ウィニエルにはこういうことしない方がいいよ。ウィニエルびっくりするから。嫌われるよ」
「な、ん…」

「あ、だからって私もやめてよねー。私、ここに残る気なんかないんだから」

「ば、ばかやろう、お前に残って欲しいなんて言わねーよ!」
口を尖らせて俺は頬からラミエルの手に触れる。


ラミエルの手はほのかに温かくて。


「…そう?」


俺に向けて悪戯な笑みを浮かべて、「ならいいんだけど」と呟いた。

「…………」

俺は、つい、その笑顔に目を奪われていたが、

「ほら、どいたどいた!! いつまで乗っかってるの!!」
「いてっ!?」

ぱんっ! と、耳元で乾いた音が弾けたと思ったら、両頬を叩かれたのか、頬が熱くなってきた。
俺はすぐに、ラミエルから離れて、彼女の身体を起こした。


「…リュド、私達天使は、この戦いが終わったら天界に帰るんだからね」


「…ああ」


「でも、それまでは、私はちゃんとあなたの味方だから。それだけは忘れないで。私、ちゃんとあなたのこと、守るから。ウィニエルのことも」


翼を器用に羽ばたかせ、付着した土や草を落としながら、ラミエルの言ったこの言葉は、責任感。俺にはそう捉えることができた。
彼女は、もしかしたら、とても責任感の強い人なのかもしれない。

「あ…」

ふと、ラミエルの翼に目をやると、真っ白な翼は土と、草の擂れた色がついて汚れていた。一部、赤黒く変色している。

「…何?」

ラミエルは平気な顔で笑顔を向ける。
その赤黒く変色したのは、土が付着しているからか気づき辛いが、彼女の血だった。俺が乱暴に地面に身体を打ちつけたために出来たもの。

「…怪我してる」

「んーん。大丈夫。これくらい何ともないよ。ウィニエルにする時は気をつけてあげてね」

ふふふ。と、彼女が悪戯な笑みを俺に向けた。

「なっ、しないよ!!」

「じゃ、私、そろそろ行くね。今度はちゃんと呼んでよね」

ふー。と、小さくため息をついて、ラミエルが翼をはためかせた。

「え?」

「…私、リュドに歓迎されてないのわかってるよ。でも、私の役目だし。私リュドのこと、好きだから」

俺の方を軽く睨んで、口角を上げ、彼女は飛び立ってしまう。

「おいっ!! ラミエルっ!! 今のっ!!」

「あ、宿取っとくからね〜。 また、会いたくなったら呼んでよね〜」

「宿じゃなくって!! 今っ!!」

上空で、俺の言葉なんか聞こえてないという顔で、手をひらひら振って、去っていく。



「え…、今の…ど、どういうことだよ…?」


ぽつんと、誰も居ない道端に一人佇む俺の頬が少し熱くなった気がした。


「え? え?」


嫌いな奴に好きだと言われた。
そして、俺の頬が熱い。

俺はウィニエルが好きなのに、何で…。

が、しかし。
同時、彼女の俺の嫌いな発言の数々が過ぎた。

『時の淀みの早期解決。誰かが亡くなってもそれは仕方のないこと』
『モンスターばったばった倒してよぉ!』
『全部終わったら天界に帰るんだから。』

…やっぱり、ムカつく。


…かもしれない。


俺はすぐに平静を取り戻して、村を目指した。
ここだけは、ラミエルは手際がいいなと思うところだ。





||| 2
数日後、俺はまだ目的地についていなかった。そこは、ウィニエルから依頼のあった場所だ。
あと3日もあれば、着くだろう。
ここは見晴らしのいい荒野。近道だから道を外れてここを歩くことを選んだ。

「なぁ、フロリンダ。ウィニエルは忙しいのかい?」
「どうでしょうかぁ? お呼びしますね〜」

俺は、妖精にウィニエルを呼ぶよう頼んだ。
彼女と話がしたい。
ラミエルのことを聞きたいと思ったんだ。

というのも、ラミエルが来ない。
まぁ、来なくてもいいんだけど、いつもなら大抵一回来たら何日かはひつこく来るから、妙だと思って。

「勇者様〜。ウィニエル様がいらっしゃいました〜」
フロリンダがちゃんと呼んで来ましたよ、と可愛い笑顔を向ける。
来られないときは申し訳なさそうにしていて、そこまで謝らなくてもいいのに、とその様子が痛々しくて。
こうして連れて来れると、晴々しいのか、嬉しそうだ。

「リュドラル、こんにちは。どうしました?」

ウィニエルが艶やかな翼を携えて俺の元に降り立つ。

「やぁ、ウィニエル。実は、ちょっと聞きたいことがあってさ、急に呼び出して悪い」

ウィニエルに会うのは、2週間振りだ。相変わらず、綺麗で…それにいい匂いがする。
ラミエルにはない、なんていうか、色気…?

「いいえ、いつでも呼んでください。私達はそのために居るのですから」

穏やかに彼女は微笑む。
この笑顔に俺はいつも癒される。心が安らぐ。

ラミエルとは全然違う。
彼女の笑顔は安らぐというより、心がかき乱されそうになる。
あの、悪戯な笑みなんか特に、何でそこで笑うんだ? とさえ思う。

「でも、その前に、怪我してますね。ちょっと待ってくださいね」

ウィニエルは俺の肩に傷があるのを見つけ、何やら両手に力を込め、小さな白金に輝く光の球体を作り出すと、傷に宛がう。すると、球体は俺の肩に吸い込まれ、傷が一瞬で消えた。

「そんなの、かすり傷だから大丈夫だよ」
「いえ、かすり傷から重症になることもありますから」

「…ありがとう」

いいえ。こんなことしか出来なくて…、とウィニエルは照れたように微笑む。
俺は彼女のこの笑顔が可愛いと思う。

ラミエルなんか… あ、そうだった。ラミエルのことを聞かないと。

「ラミエルは…どうしてる?」

「はい? ラミエルですか?」

ウィニエルは不思議そうに首を傾げる。俺がこんな風にラミエルのことを聞いたのは初めてだからかもしれない。
いつも聞く時は、

『あのピンクの天使はなんなんだよ! 態度でか過ぎじゃないか!?』

と、名前を呼んだことがなかった。

「ああ。最近会ってなくて」
「呼ばれました?」

「いや…、呼んでないけど…、あいついつも勝手に来るから」

視線がつい、地面に落ちた。ウィニエルが目の前にいるのに、こんなこと初めてだった。

「…ええと、ラミエルは忙しいだけかもしれません」
「え?」
「…あの…、気を悪くしないでくださいね」
「?」

意味深なことを告げて、ウィニエルは続ける。

「ラミエルは、今、ある勇者と同行しています。そちらに掛かりきりで、あなたに会いに来れないだけかと…」

「…それで、俺が気を悪くするのか?」

「あ、いえ…すみません」

俺の言葉に、ウィニエルは困ったように頭を下げた。
俺はぴんと来て、

「あ…、そっか、そいつが男なんだな! 別に大丈夫だよ、ウィニエル。俺、ラミエルのこと何とも思ってないから」
と応えたが、違ったのか、
「え? あ、あの…」
ウィニエルが今度は首を傾げた。

…? どういうことだ?

「私、良かったら様子見て呼んで来ましょうか?」

「いや、いいよ。その内来ると思うから」

「そうですか…、他に、何かありますか?」

「あ、それだけなんだ、ごめんな。忙しいのに呼び出して」

「いえ…。いつでも呼んでください。あ、目的地に着くころに私も必ず行きますから、怪我にはくれぐれも気をつけてくださいね」

優しい微笑みで、ウィニエルが手を振って飛び立っていく。
ウィニエルとの時間はいつもこんな感じで、穏やかだ。

俺は手を振って、彼女を見送った。

「…ってー…、何で俺、ウィニエルにラミエルのことなんか聞いたんだよ!?」
ウィニエルに振っていた手が動きを止め、そのままふと気がついて、俺は頭を抱え込んだ。

「あー!! せっかくウィニエルに久々に会ったってのにっ!!」

今みたいにウィニエルが来てくれるのは稀だ。彼女はいつもあちこちの勇者を訪問して常に勇者を気遣っている。だから、呼んでも中々来ることが出来ないのに。

「あのぉ〜、ラミエル様お呼びしましょうかぁ?」
フロリンダが気を遣っているつもりなのか、ラミエルを呼びに行こうとする。

「いや! いいよ! あいつ呼ぶくらいならロディエル呼んだ方がマシだ!!」
すぐさま、フロリンダを制止させて、俺は大きな声で告げた。
「そんなぁ。ラミエル様はぁ、とってもとってもお優しい天使様なんですよぉ〜!」
「でも、俺にはよくわかんないんだよ!!」
「フロリンがぁ、大きな怪獣に襲われてる時に、真っ先に駆けつけてくれたりぃ、ロディエル様に苛められてるときもロディエル様のこと苦手なのに助けてくださったりぃ、ウィニエル様がぁ、事件で困っているときに変わりに行ってくださったりぃ。それに、いつもどんな時でも元気に笑ってくれているんですよぅ」

「…そんなこと言われたって…」

確かに、ラミエルはいつでも、元気に笑っていた。
その笑いがときに腹立たしくなったこともあったけど。


「…じゃー、呼べば?」
「じゃぁ、呼べばってなんですかぁ? 素直じゃないですねぇ」
「…何言ってんだよ、フロリンダ。俺は別にラミエルのことなんか」
「行ってきまーす!」

フロリンダは俺の言葉を最後まで聞くこと無く、消える。


「無視するなー!!」


荒野で俺の声だけが溶けた。



||| 3
数分後、フロリンダは戻ってきた。

「…あれ? ラミエルは?」
「すみませぇん。ラミエルさまはぁ、会いたくないそうですぅ」

「はぁ?」

フロリンダは一人で戻ってきていた。どこを見ても、ラミエルの姿はない。
俺からこうして呼ぶのは初めてじゃない。たまには呼んでやっていて、呼べばラミエルは嬉しそうにやってきていたのに。


”会いたくない。”


…って…?


「…なんだよ、あいつ、そんなに忙しいのかよ」
「いえ、会いたくないんだそうですぅ」
フロリンダはラミエルのようにはっきりと告げる。


「っ…なんだよ、それ!?」


あいつ、俺のこと好きだとか言ってなかったっけ?
でも、会いたくないってどういうことだよ。


「…ううーん、フロリンにはわかりませぇん。でもでも、ウィニエル様とぉ、ロディエル様がぁ、一緒におられてぇ、何か話してましたぁ」


天使3人で何話してるんだ?
と、そんな疑問を持った時、


「おい、リュドラル。お前、よくも…」
「え、ロディエル?」

突然ロディエルが俺の前に現れたかと思うと、頬に鈍い痛みが走った。

「っ!?」

その拍子に、俺は地面に倒れた。
不意の攻撃に面食らったが、見上げた目の前のロディエルが俺を見下ろし、いつもの不機嫌そうな顔で俺を睨みつけた。
「ラミエルを押し倒したんだってな!!」
「ち、違うっ!! あれはそんなんじゃないっ!!」

「そんなんじゃないー!? じゃあ、押し倒したのは本当なんだな!!」
「あれは! ウィニエルのことをあいつが!!」

「…俺だって押し倒したことあっけど、あんなラミエルの顔見たことねぇんだよ。で、どうだった?」


「……は?」


ロディエルは俺の胸倉を掴んでにやりと不適に笑った。
怒ってる…わけでもなさそうだ。

「あ、ラミエルのやつよー、今怪我で動けねぇだけだから、気にすんな。治療に時間掛かってるだけだからよ」

「怪我…?」

「お前、激しすぎなんじゃねーの? 外はやめとけ。翼の傷に菌が入って化膿してんだよ。ラミエルは見た目と性格はああだけど、ウィニエルとは違って、結構身体弱いんだよ」
ロディエルがどこから出したのか、煙草に火をつけ、吸い込んで口から白い煙を吐き出しながら俺を睨んだ。
兄心なのか、俺に注意を促す。

「怪我って…こないだの…?」

「ちっ、もうこんな時間じゃねーか。あいつんとこ行かないとな。あ、俺は俺で忙しいから、呼ぶなよ」

ロディエルは俺の鼻先に人差し指を突きつけ、わかったな? と軽く睨みつけて消える。
ラミエルやウィニエルは飛んでいくのに、彼は瞬時に消える。
本当ならそうできるはずだけど、二人はしないだけなんだと、今気づいた。それとも、それができるのは彼だけなのか。

そんなことはどうでも良かった。
ロディエルに殴られた頬が痛い。

あいつ、結構力あるじゃん。

力強いんだな。って言ったら、絶対、あいつはこう言うんだ。

『女のために鍛えている』

あいつ、相当な女好きらしい。でも、俺なんで殴られたんだ?
あいつの兄心ってやつか?
けど、それだと矛盾してるよな。あいつだって、ラミエルを押し倒してるって言ってたし。


「……あー……」


俺はその場に仰向けに寝転がった。
空は晴れていて、雲が穏やかに風と共に同じ方向へと進む。

「…怪我って…俺の所為…だよな。すぐ治るんじゃないのかよ…?」
「ええとぉ、直ぐ治ることは治るんですがぁ、ラミエル様はぁ、さっきロディエル様が言ってたようにぃ、身体が弱い方なのでぇ、他の人よりも治りが遅いんですう」

「うわっ!? フロリンダ!! い、居たんだ!?」

「はい〜。ずっといましたよぉ〜」

急に空を見上げる俺の視界にフロリンダが入り、驚いて俺は起き上がった。
すっかり忘れていた。

「勇者さまぁ、勇者さまはぁ、最近ラミエルさまのことばかり言ってますねぇ。お好きなんですかぁ?」

「えっ!? な、なんで!? まさか、そんなことあるわけないじゃん!!」

「そうですかぁ? ある勇者さまとぉ、同じご様子でしたのでぇ〜」

「え…」

ある勇者…、気にはなったが、訊ねることが出来なかった。

その勇者は、まさか、天使を想ってる?
でも、別の誰かかもしれない。
勇者が女ということもある。そしたら、想うのは、ロディエル?

…うーん…それは考えにくい。あいつ、どう考えても女に好かれないタイプだろうし。


仮に、
もし仮に、その勇者が男だとして、女天使を想っていたら?


ウィニエルを?
ラミエルを?


…ラミエルのわけないじゃないか。ウィニエルならまだしも、あんな子供、相手にするわけがない。

勝手に想像して、なんとなくほっとして、俺は安堵していた。
そんな俺の様子に、フロリンダが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんですかぁ? 勇者さま、今日はおかしいですぅ。フロリンもう帰ってもいいですかぁ?」
「あ、ああ…ごめんごめん、いいよ。ありがとう」

「でわ〜」

フロリンダが羽ばたいて、その場を去っていく。
ペンギンの着ぐるみでも、飛べるのはすごいよな…と、関心しながら想っていたのは、


「…ラミエルの奴、怪我大丈夫かな…。あいつ、身体弱かったのか…知らなかった…」


『リュドー!』
『ちょっとー! どうして呼んでくんないのよぉ!!』

満面の笑みを浮かべたラミエルと、頬を赤く膨らましたラミエルの顔が脳裏に浮かぶ。


…今、少しさみしいと、俺は感じていた。


いつも突然現れて、言いたい放題、腹の立つことも平気で言ってのける。表情もコロコロ変わって、ガキみたいな奴。


『私はちゃんとあなたの味方だから。それだけは忘れないで。私、ちゃんとあなたのこと、守るから。』


「味方とか…、守るとか…。 簡単に言うなよな…」

自分の身体すら守れないくせに。
今、どこに居るんだよ?

『ラミエルは、今、ある勇者と同行しています』

ウィニエルが言ったことは嘘なのか…?
でも、彼女が嘘をついたことなんて一度もないし…。

怪我をしているのに、勇者と同行。なんで?
その勇者とどんな関係なんだよ。



「え…」



俺は、はっとして、辺りを見回した。景色は変わっていない。
空だって穏やかなまま、雲が漂ってる。

「なんで…、俺、あいつのことばっかり…」

俺が好きなのはウィニエルなのに。

今、頭に浮かぶのはラミエルのことばっかりだ。


「……ふ、ふん、どーせ、あいつのことだから、その内現れんだろ」

誰も居ない荒野で一人いいわけをして、目的地を目指した。




その3日後、俺は目的地へと到着する。
それまで結局ラミエルは来なくて、俺もラミエルのことを考えないようにした。
ウィニエルはちゃんと約束通りに来てくれて、無事に事件も片付けることが出来た。その後で、少し一緒に過ごす。
彼女と居ると本当に安らいだ穏やかな時間を過ごせていることに気づく。

好きって、こういうことなんだって、思うんだけど…。

「ウィニエルはさ、この戦いが終わった後のこととか…考えてる?」
「え…あ、いえ…」

俺の質問にウィニエルは困ったように眉尻を下げ、口篭ってしまう。

「…帰りたくないのかい?」
「……えっと……」
迷っているような表情のウィニエルに、俺はラミエルの言っていたことをウィニエルに伝えることにした。
「…ラミエルは帰るって。早く終わらせて、天界に戻りたいって」

”ラミエル”の名前を口にしたのは3日ぶりだった。

「そうですか……」

「…ラミエルは、元気にしてるかい?」
俺の所為で怪我させちまって、本当に悪いって思ってる。
「ええ。もうそろそろ、動けるはずです」
「え? まだ動けなかったんだ? でも、別の勇者に同行してたって…」
「はい…、その勇者がお医者様でしたので…しばらく預かっていただいたのです」

勇者が医者…そこにラミエルはいたわけか…。
これで、話が繋がった。
ウィニエルが言ってたことも、ロディエルの言ってたことも、嘘じゃない。
天使は嘘を吐かないって、本当なんだな。って思った。

「そんなに悪かったのか…ごめん…俺の所為で…」
「いいえ。ラミエルが悪いんですから、気にしないで下さい」

「? どういうこと?」

「…あの傷、本当なら受けるはずのないものです。でも、あの子、受けたから…」

ウィニエルは、天使は本来なら人間から傷を負わされることは無いと言う。天使が精神的に追い詰められて、弱っているか、受け入れることを望まない限り、人間や堕天使にも傷つけられることはないという。だから、逆も無理で、直接堕天使を倒すことが出来ないからこそ、俺達勇者にお願いをする形になっている。
本当は出来るんだろうけど、 天界の掟でそう決められているんだそうだ。

「…何でラミエルは、受けたんだろう?」

「…私も、受けたと思います」
「え…?」

「…私達3人は、他の天使とは違うから…。勇者達の想いをちゃんと受け止めたいと思うから」
でも、ラミエルは本当に傷に弱くて、何日も熱が下がらなかったと、ウィニエルは続けた。

「…俺、そんなこと知らなくて…」
「あ、いえ、リュドラルを責めるつもりで言ったのではありません。命に関わることは殆どありませんから。ただ、完治するのに時間が掛かるので、ラミエルにはちゃんとシールドを張るよう言っていたのですが…」

「…本当、そんな便利なシールドがあるなら張ればいいのにな。これじゃ、いつ怪我してもおかしくないじゃん。俺、戦う時心配で戦い辛くなるかもしれない」
「…すみません。余計な心配をおかけしてしまって。戦いの時はちゃんとシールドを張ってると思います。足手まといになるわけにはいきませんから」
「あ、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど…。やっぱ、心配になるじゃん」

「そうですよね…私も、よく勇者を庇って、怒られています。前に出るなと」
ウィニエルは恥ずかしそうに頬を掻く。

「…そ、そうだね…それは、すごく怖いな」

ウィニエルを怒る勇者がいるんだ…と、俺は驚いていた。
こんな風に穏やかな彼女が戦闘中、勇者を庇う。

…俺、庇われたことないけど。

そいつは…特別なのかな…。

ちなみに、ラミエルにも庇ってもらったことはない。あいつどんくさいから、庇うというより庇われる方だ。
まだ、庇ったことはないけど…。

身体弱いんだったら、もうちょっと、大事に扱ってやった方がいいのかな…?

「…ラミエルに会いたいですか?」
考えを巡らせている俺に、ウィニエルは様子を伺ってくる。

「……え?」

「…あ、いえ…私じゃ、ご不満な様子だったので…」
ウィニエルが微笑みながら続けた。心なしか、笑顔が優しく感じるんだけど…。
「な、何言ってんだよ!? 俺、ウィニエルに会えてすげー嬉しいんだぜ!?」
「…私も、リュドラルにお会いできてうれしいです」
ウィニエルは笑顔のままだ。

「ほ、本当に?」
「はい…。でも、ラミエルの、あの元気な声もそろそろ聴きたい頃かなぁって…」

「え、あ、べ、べっつに!?」

「そうですか? 私は聞きたいですけど…。彼女の声を聴くだけで元気になるので。リュドラルもそうではないんですか?」
「い、いや俺は別に…」



「ラミエルの声は、私の元気の源なんですよ」


しばらく、そんな会話をして、ウィニエルは別の勇者の元へと飛び立った。



||| 4


『ラミエルの元気な声、そろそろ聴きたくないですか?』


俺が素直じゃないのは、わかってた。


「…べ、べっつに、聴かなくたって」


誰にいいわけしてるんだ。ここには誰もいやしないのに。


「……俺、声聴きたいのか…?」


自分自身に問いかけてみる。
目を瞑って、胸に手を当てて。

『リュド!』

「…あの、元気な声、嫌いじゃないんだよな…。ムカつくけどそれは認める」

ラミエルと言い合ってると、不思議と元気が出る。

好きとか、嫌いとか。
まだ、そこまで考えられない。


でも、声が聴きたい。


「なぁ、ラミエル。俺の名前、呼んでくれよ」


ぽつりと、つぶやいてみる。


あんなに、苦手で、嫌いな女だったのに、



『会いたくなったら呼んでよね〜』



ラミエルの笑顔が浮かんだけど、



「絶対呼ぶもんか」



呼んだら負けのような気がして、俺は呼ばずにいたんだ。
どうせ、もうすぐ来るんだ。


「…リュド」

ほら。
ラミエルはちゃんと現れる。

俺の前に天使が降り立って、その天使の翼に目を送ってみれば、翼が前より艶が増した…? …気がする。

「なんだよ、遅いじゃん」
「えへへ、ごめんね〜。さみしかった?」

ラミエルは満面の笑みで翼をはためかせる。

「べえっつにぃ?」
俺も、ラミエルに釣られて笑って応える。

「またまたぁ。素直じゃないんだから〜。あ! あのね、依頼したい事件があるんだけどー、いーい?」

ラミエルは来れなかった間のことを一切話そうとはしなかった。
会いたくないと言っていたのに、こうして会いに来てるし、 それは、俺に気を遣っていたのかもしれない。
今も、そうなのかも。

「…ああ、いいよ」
「へ?」
「…なんだよ?」
「いやぁ…二つ返事なんて珍しいな〜って思ってさ」
俺の態度にラミエルが目を丸くする。
「…で、どこに行けばいいんだ?」


「あ、うん。あのね…」


ラミエルの依頼を受けたのは久しぶりだった。というか、快諾したのは初めてだ。今までいやいや引き受けていた気がする。

「私も一緒に行くね〜」
ラミエルはモンスター退治だというのに、楽しそうだった。

「…いいけど、ちゃんとシールド張っとけよ?」
「え!? 何で知ってんの!?」
ラミエルが口をぽかんと開く。
「…ウィニエルに聞いたから…」

「あ、ああ…そう…。ごめんね、迷惑掛けちゃったね」

そう言うと、気まずそうに苦々しく笑って、頭を軽く下げた。

「…何で、あの時…」
「…うーん、たまたまだよ。うん、たまたま。気にしないで?」
俺が訊き終える前にラミエルは喋り出して、俺に気にしないように言うが、それが返って気になる。
「…お前ってさ、身体弱いのか?」
「何で? 別に、普通だよ? …あぁ!! ロジーが言ったんだ!? ったく余計なことを…」
「え……」
ちっ、とラミエルは軽く舌打ちをして、頬を軽く膨らましてから、ふー…と一息ついて、こう続けた。
「…私ね、怪我とかすると、血が止まらなくなったり、重症になったりするんだ。でも、それだけだから。別に死んだりとかしないし。気にしないでいーよ」

ただの体質だから。
と、ラミエルは笑って応える。

「…何でそんな身体でシールド張らなかったんだよ…」
「いや、だからたまたまだって。それに、本当に体質だから。別に弱くないし。こないだの肘鉄とかすごかったしょ?」

「…ああ、まぁ…確かに」
ラミエルの話題の摩り替えに俺は軽く相槌を打って流されそうになったが、

「…リュド、私のことなんか気にしてるヒマあったらウィニエルのこと気にしてあげなよ」

こんなことを言うから、

「なんだよ、今お前の話をしてるんだ。ウィニエルの話なんかしなくていいだろ?」
気がつくと俺はラミエルの身体を心配して、そう告げていた。
話すのを避けてる気がする。
何か、秘密があるんじゃないかって、そう思うんだけど。

だが、ラミエルには俺の言葉が不思議だったみたいで。

「え? 何で? いっつもウィニエルの話ばっかしてるじゃん」
「え…そ、そうだっけ?」


「うん。そぉだよー。どしちゃったの? ウィニエルと喧嘩でもしたの?」
屈託の無い笑顔で俺を見る。

こうして見ると、確かに、ラミエルって…か、か、可愛い…かも。

「…………」
「リュド? どしたの? 今日何か変だよ」

ラミエルの手が俺の両頬を優しく包む。
ラミエルは地面に立っていて、背伸びをして俺を見上げている。

「う、確かに変かもな…」

真っ直ぐに俺を見つめるルビーに吸い込まれそうになる。
自分でも変だと思うよ。ホント。

ラミエルが可愛いなんて思ったの、初対面の時以来だし。

「リュド」

ラミエルが俺の名前を呼ぶ。
ラミエルだけが、唯一そう呼ぶんだ。勝手に、俺の名前を省略して。

「なぁ、…ラミエルって、俺のこと好きなのか?」
「え? あ、うん。好きだよー?」

ラミエルは俺の問いにいとも容易く答える。
好きだけど、それが何? とでも言いたげに、明るく微笑んでいる。

「…俺は、お前のこと…好きじゃない」
「うん、知ってるよ?」

また、それが何だとでも言いたいのか、表情は変わらない。
でも、その笑顔が、今まで嫌で仕方なかった笑顔が、


…なぜか、嬉しく感じた。


「……かった…けど」
「?」

夕暮れ近く、二人の影が重なる。翼の影が、もう一人の影に埋まる。

「…………」

俺は無意識のうちに、ラミエルを抱き寄せ、彼女の唇に触れていた。

と、同時。
どんっ! と、胸に鈍い痛みが走る。

「…っ…!!」
「いっ!?」

その衝撃に俺は一歩後ずさる。見れば目の前の天使が両手を目一杯伸ばし、俺を突き飛ばす格好で、目をぎゅっと閉じていた。

「…リュドのばか…っ…!!」

刹那、ラミエルの瞳から大粒の涙が後から後から溢れ、頬を伝って流れ落ちる。

「何すんの!? こんなのっ!! こんなのナシなんだから!!」

ラミエルは唇が腫れるんじゃないかと心配になるくらいに、手で俺が触れた場所を拭う。

「あっ…、ご、」

そんなに、拒否しなくてもいいと思うんだけど、と少し傷ついた俺は謝ろうと、言葉を紡ぐ。


「…ごめん」


最後まで言い終える前にはもう、ラミエルは俺の前から姿を消してした。
やっぱり、ラミエルはロディエルと同じように姿を消すことが出来る。


「…なんだよ…、あんなに嫌がらなくたっていいじゃんよ…」


俺だって、別にしたくてしたわけじゃない。
たまたまだよ。
たまたま。


でも。


ラミエルの泣き顔。
初めて見た。


泣き顔が、可愛い。
なんて…思ってしまった。


それに、

やっぱり、女の子なんだって、改めて気づかされた。
そう思うと、いままでの彼女の言動が、少し可愛く思えてくる。


「俺…どうかしてるよな…」


…その日を境に、俺はラミエルのことしか考えられなくなった。


でも、やっぱり、ウィニエルのことは好きなんだけど。




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*後書き*

新、天使ちゃんこんにちはです。
ラミエル&ロディエルを出してみました。
以後よろしこです。
ラミーはウィニエルとは違って、中々明るい性格なので書きやすいです。
ただ、性格が初期設定と微妙に違う…。
身体弱いとか、どこから出たよ…おい。的な?
ロジーは、初期からあんな感じです。
あの人勝手なんだけど、なんか憎めないキャラ。

そんなわけで、このお話はインフォスに天使が3人派遣されたという設定の下に書かれています。

ロジーの話もいつか書きたい。
エロそうだ。(なぜ)

しかし、落ちてない。
まとまってない。
…終わりどうしようかと思った。(;´Д`)ハァハァ

ちなみに、まだ恋愛になっていません。
ラミエルの好きは恋愛の好きではなさそうな予感。
でも、ちゅーしちゃたし。

恋の始まりが好きです。だって、楽しいから。
さて、この物語は続いていきます。

ちゃんとリュドラルにもラミエルにも恋してもらわないと♪
というわけで、見守ってもらえたらウレシイです。