−ウラハラ−

「ウィニエル、居るんだろう?」

僕は今、バレーゼ地方のイリュウスの宿屋に居る。
数日前からずっとこの街に留まっている。

数日前、副教皇や大司教達の話を立ち聞きした僕はその晩酒場で荒れた。天使ウィニエルは僕をなぐさめようと薄っぺらな言葉を並べ立てた。
彼女の声は優しく、いつでも心地良く聞えて気に入ってたがあの時の彼女の台詞は一言一言が偽善で鬱陶しくて。
あの声でも聞きたくない言葉っていうのがあるんだと初めて気づいた。

僕の周りの奴等は皆僕に指図ばかりする。
僕がどう思おうと、あいつ等には関係ないんだ。

ウィニエルだってそうだ。

勇者になれ、あの街へ行け、事件を解決しろ、助けてやってくれ、

もううんざりだった。

ある日突然目の前に現れ僕に勇者になれと告げ、それ以来いつも同じ表情の何を考えているのかわからない天使。僕は日頃の憂さ晴らし半分と、彼女のその中々崩れない表情を崩してやりたいという興味本位半分で勇者をやることにした。始めは勇者というものが何なのかよく理解出来なかったが、彼女といると退屈しなかったし、最近はその彼女も随分と笑うようになってきた。たまに怒ることもある。
いつの間にか僕は彼女のコロコロ変わる表情を見るのが楽しくて仕方なくなってた。それに彼女が同行していると何となく安心できたんだ。

いい感じだった……と思う。
僕と彼女の関係は頗る良好で、信頼関係が随分築けたと思っていた。

そう、思っていたんだ。

彼女が僕をあんな安い言葉でなぐさめるまでは。
言葉が安っぽい分、何を言われたかまでは憶えていないが。

憶えているのはただ、言葉はともかく、その声までも心地いいと感じたことだけ。その後すぐに苛ついて、僕は今までの鬱憤を吐き出すように彼女に『もう顔を見せるな!』と告げた。
言い過ぎたとすぐわかったが、口をついて出た言葉はもう取り返すことは出来なくて。

いや、言い直す隙も与えては貰えなかった。

『……そうですか……』

彼女は物分りがいいのか頷いて素直に帰って行ったんだ。
初めて会った頃の柔和な顔で僕のことなどどうでもいいかのように顔色一つ変えずに。

だから言い直すことは出来なかった。
むしろ、それで良かったと思った。彼女のその態度が更に僕を逆上させたのだから。

全く頭に来る。

彼女は僕が居なくても他の勇者が居るから構わないとでもいうのか。

そういえば、一週間前妖精を使って呼び出したら終始浮かない顔をしていた。問い詰めたら他の勇者が気になるとか、どうとか言っていたっけ。
僕の所に来ているのに他の勇者の話をするなんて、本当に頭に来る天使だ。
しかもその勇者は男だと言ってた。

ああ、苛々する。

何でかわからんが、とにかく腹が立つ。
その男勇者も、ウィニエルも。

ムカつく。

思えばその頃から僕は苛々していたのかもしれない。僕は彼女からそれを聞いて直ぐ『帰れ!』って怒鳴ってやった。彼女は謝っていたが僕は許してやらなかった。
だって彼女は僕が呼び出した時『嬉しい』とか言ってたんだぞ?
矛盾してるじゃないか。

何かを期待してたわけじゃない。
けど、僕は男で彼女は天使だが女だ。

彼女は美人だし、僕はそれなりに気に入ってもいたわけだからその発言が社交辞令であっても僕は素直に嬉しいと感じてた。
なのに、僕の前で彼女は他の勇者のことを考え続けた。

嫌なら来なければいいだろ?
無理に僕に付き合う必要はない。
感謝の言葉も、おべっかも僕は嫌いなんだ。

それが不満となって苛立ちが募るきっかけとなったんだと思う。
加えて元々反感を持ってた副教皇の奴等の勝手な言い分とやらも聞き飽きて、積もり積もった鬱憤があの日に全部爆発した。

後悔してる。

「ウィニエル、居るんだろう?」

彼女を拒否して数日後。
僕はもう一度彼女の名を呼んだ。
彼女の気配はない。

でも何故か呼ばずにいられなくて。

彼女を拒否したのは僕だ。

何もかもどうでもいいと思っていたのに、あれから僕は彼女のことばかり考えている。教皇達の言っていたことが気にならないわけじゃない。
盗まれた魔石をどうにかして取り返さなければならないことはわかってる。

けど、頭の中は何だ?
さっきから彼女のことばかり考えてるじゃないか。

「……くそ……何だよ……」
僕は窓の縁に片膝を立てて腰掛け、拳を握り、それを立てた膝に強く叩き付けた。鈍い痛みがそこから小波のように全身へ伝わる。

こんな場所でちんたらしてる場合じゃないってのに。
ここに留まってるなんてまるで彼女を待ってるみたいじゃないか。

けど、足がどこにも向かないんだ。
奴を捜さなくちゃならないのに二の足を踏んだまま動けないんだ。

可笑しいだろ?ウィニエル。

君を拒否しておいて、僕は今君に会いたいなんて思ってるんだぜ?

思えば君はいつでも僕の傍に居てくれた。
女、夜遊び、賭博。元々やっていたことだが、君と出会ってからは、僕の愚行その全てを君に見せたくてやっていた節がある。始めのうちは棘々しかったと思う。けど次第にそれすらも君の表情と引き替えにしたくて、君は厭きれた顔を時にしながら怒ったりせずに傍にいてくれた。
勇者の傍に居るのが天使の務めだとわかっていたつもりだが、君が居ない日々というのはこんなにも退屈で長く感じるものなんだな……。

それに気付いた自分に腹が立つ。

「……ああ、もう……会いたいんだって! ウィニエル!!」
僕はもう一度自分の膝に拳を打ち付けた。

どうやら僕の負けらしい。
僕は今、彼女に会いたくてしょうがない。

何でだとか、そんなこと知るか。

ただ、会いたいんだよ。

こないだのことは僕が悪かったって何度だって謝ってやるよ。
天使サマの言うことが正しかったって彼女が望むだけ頭を下げてやる。

だから、来てくれよ。


―――君が居ないと、退屈なんだよ。


僕は頭を両手で抱え込んで蹲った。

数時間後。

あれから何時間か経ったが、彼女は一向にやって来ない。
「くそ……ウィニエルのバカやろう……何で来ないんだよ……」
僕は気が付くと胸元を何度も掻いていた。

歯痒くて。

だが、この胸の歯痒さは自らの手でいくら胸元を掻き毟っても消えることはなかった。
「……僕が悪かったのか……? ……はっ、まさか!」
僕は何度も首を激しく横に振った。

僕は悪くない。
悪いのはあの天使だ。
全部あいつの所為だ。

「ウィニエル……憶えてろよ……」
僕はそう呟いて膝を抱えて蹲って一晩明かす。

結局その日、ウィニエルが現れることは無かった。

* * * * *

次の日、頼んでもないのに陽の光が否応無しに僕の身体を照らし、髪の間から僅かに晒されている首筋に仄かな陽の温かさが伝わってくる。

こんな温もりが欲しいわけじゃない。
僕が求めてるのはこんな万人に向けた温もりなんかじゃない。

陽の光にまで腹を立てることもないが、僕は顔を上げなかった。
いや、思考とは裏腹に陽の光は思いのほか心地良かったんだ。苛立っていた気持ちもやっと落ち着いてきた。

昨晩は待てども待てども一向にやってこない天使が気になって、目を瞑ったはいいが、眠りについたのは夜明け近く。

やっと寝れたんだ、まだ起きたくない。


だが、僕は強制的に起こされることになる。

「ロクス……」

そう、このたった一言で、僕は目を覚まさなくてはならなくなる。

目覚めは最悪だった。

「…………ロクス」
聞きたかった声が昨晩から蹲る僕の頭上から降ってくる。
「んん……」
僕は訝しい顔で頭を上げる。
「………………」
僕に声を掛けた主は黙って僕と目を合わせた。
「……ああ……君か………………」
僕は目を合わせた人物をよく知っていた。
「…………私を呼びましたか?」
昨日寝ずに待っていた女が目の前に居る。

純白の翼を持つ天使ウィニエルが目の前に居る。

ほんの少し眉を顰めて、頬を僅かに膨らまして。

彼女のこんな顔、初めて見た気がする。

けれどこの時の僕は寝惚けていて彼女の表情の変化を見落としてしまっていた。
「……ああ、呼んだ。ウィニエル……遅かったな」
僕は目を細めて彼女に声を掛ける。
「………………」
ウィニエルは黙ったまま僕の前に突っ立っていた。そして、僕の目を逸らさずに見ている。
「……何だよ?」
僕は彼女を睨みつけるように下から顔を覗きこんだ。
「…………用が無ければ帰ります」
ウィニエルは無表情でフィっと、顔を背け僕から遠ざかる。
「何だよ、ウィニエル。こっち来いよ」
彼女の冷たい態度に僕は苛っとした。
「……嫌です」
ウィニエルは首を横に振る。
「…………怒ってる……のか?」「いいえ」
僕が聞くと、間髪入れずに彼女は答えた。

どうやら彼女は怒っているらしい。
怒ってるのはこっちだというのに。

だが、彼女が怒るなんて珍しいこともあるもんだよな。……と、ふと思った。

僕の頭がやっとはっきりしてきたようだ。

あのウィニエルが怒ってる?
ははっ。まさか。

……本当に?

「くっ、くくっ」
僕は思わず噴出してしまった。
「………………」
僕が噴出して笑うのを見て、彼女は口をへの字にしてこちらを見ている。
「くくくっ」
彼女の様子に僕は拳を握って人差し指辺りを鼻先へ宛て、尚も笑った。

……何だ?
この喜びに似た感情は?
彼女が怒ったことがこんなにも嬉しいのか、僕は。

彼女の膨れっ面を見たのはこれが初めてだ。

「……私、帰ります」
ウィニエルは今度は目に涙を溜めて頬を僅かに膨らました。
「ま、待てよ」
「……私の顔なんてもう見たくないのでしょう?」
僕の制止の言葉に彼女は涙を抑えるように微笑んだ。

彼女との距離は縮まらない。
このままだと、ウィニエルは帰ってしまってもう二度と来ないだろう。
せっかく、楽しくなってきたというのに。

なら、謝ってやろうか?

とりあえず、謝ってこの場だけでも取り繕えれば、それでいい。

いや、実際に巧く行くかはわからないが、彼女を罠に掛けてやりたい。
僕に嫌な思いをさせたツケを払って貰おうじゃないか。
それで、今までのことはチャラにしてやってもいい。

「……謝りたいんだ……こないだのこと……だからこっちに来てくれないか?」
僕は彼女のことを良く知ってるつもりだ。
くそ真面目な天使様はこっちが謙虚でいれば警戒を解いてやってくる。
「………………」
ウィニエルは黙って足を一歩だけ踏み出して止めた。
「……ごめん……反省してる……」
僕は彼女の瞳を見つめる。睨みつけるわけでもなく、優しく、見つめる。
「…………わかりました」

ほら、彼女はそう言うと思った。

「……あのとき僕は君に酷いことを言ってしまった……。どうかしていたんだ……僕を許してくれないか……ウィニエル」
そして、ウィニエルが僕の傍へとやって来る。
僕も立ち上がって、彼女が傍へ来たのを見計らって……。
「きゃっ……!? ロクスっ!?」
僕は彼女の腕をとり、テーブルの上に押さえ付けた。
「……な、何をするんですかっ!?」
流石に驚いたのか、彼女は目を丸くして僕と視線を交える。
「……さぁね。僕はこうされて喜ぶご婦人方を何人も知ってる。君はどうだ?」
僕は彼女が抵抗しても僕から逃れられないように体重を掛けてやった。

さぁ、どうする、ウィニエル?
君も他の女達と同じように喜んで抵抗するのか?

……と思ったのも束の間。

「………………」
彼女は黙って僕の目を見ているだけで全く抵抗しなかった。僕に押さえ込まれた腕にも身体にも全く力が入っていないようだった。睨むわけでも、涙を浮かべるでもなく、ただ僕の目を見ている。
「………………。なぜ、抵抗しない?」

本当ならここで、『いやっ! やめてっ!!』とか、『お願いっ……やめて……』とか泣き言が入るはずなのに……。

「あなたは本当にそんなことをする人なのですか?」
ウィニエルが先程と変わらぬ表情で告げる。
「………………」
僕は彼女の瞳から目を逸らせず息を飲み込んだ。唾が喉の奥へ音を立てて流れていく。
「………………」
ウィニエルは今度は無言で僕を見上げながら微笑んだ。

『私はロクスを信じています』

とでも言わんとする瞳だ。目で語るんだ、この女は。

……全く、

全く、

ウィニエル君って奴はどうしてこうも僕を苛立たせるかなー!?

その上、言うんだろう?
僕が何も出来ないように、止めを刺すんだろう?

「私は勇者としてのあなたを信頼しています」
ウィニエルは真っ直ぐに僕を見つめたままその美しい声を紡いだ。

ほら、な。

「君は……信用や信頼だなんて無神経な関係をよく軽々しく口に出来るな……。そんな言葉僕は嫌いだ……」
僕は彼女の瞳から逃れるように顔を背けた。
「ロクス…………」
ウィニエルの優しい声が僕の片耳奥から身体中へ響いていく。彼女はそれ以上何も言わず、抵抗もしないままだ。

「………………」
僕も何も言えなくて、そのままの状態でしばらく時が流れる。

5分……いや、それ以上かもしれない。
随分と長く感じた。

「…………ロクス、私の方を向いて下さい」
長い沈黙の後、静寂を破ったのはウィニエルだった。
「………………」
僕は黙り込んだまま、ゆっくりとウィニエルの顔を見る。彼女は相変わらず柔和に微笑んでいた。
「…………ロクス、私はあなたを信じています」
「……ふん……何とでも……」
ウィニエルが一瞬だけ、僕が抑えた腕辺りを見て、僕に目線を戻したのを僕は見逃さなかった。多分、痛いのだと思う。強く押さえ付けたまま随分時間が経ってしまった。
「……っ……いい加減、抵抗すればいいだろう?」
僕は彼女の腕を放してやった。
「? ……ロクス……?」
彼女は僕から解放されてもそのままの姿で僕を見上げている。僕が押さえ付けていた彼女の白い細腕には赤く僕の手の痕がくっきりと浮かんでいた。
「…………つまらない女だな、君は」
僕は彼女の腕を引いて、彼女の身体を起こしてやった。
「いっ……」
ウィニエルは一瞬だけ苦痛の表情を浮かべたが、身体を起こすと腕を隠すように後ろに手を組んで、僕から見えないように翼で覆ってしまった。
「……もう、出て行ってくれ……ウィニエル」

罪悪感。

彼女は僕に気を遣わせまいと腕を隠した。
僕が気付いていることをわかっている上で。

けど、僕にはそれを「治させてくれ」と言える言葉を今は持ち合わせていない。

今日このまま一緒に居たら、僕は言葉でも行動でも彼女を傷付けてしまいそうだ。そして、それすらも彼女は許してくれるだろう。

そしたら、僕は罪悪感に苛まれる。

今は一刻も早く一人になりたい。
一人で考えたいんだ。
君を罠に掛けようとしたなどあさはかだった。本当に反省してる。
けど、今は駄目だ。考えが纏まらない。想ってる事とは裏腹に違う言葉と行動が出てくる。

一日でいい。

そして、もし、もう二度と現れてくれないならそれでもいい。

君から今、逃れられるなら。

君に与える傷は出来るだけ浅い方がいい。

「………………」
僕はそれ以上何も言わずに黙り込んで俯いて椅子に座った。

出来れば、また、来てくれたら。

口には出せないが僕はそれを切望してる。

「…………また、来ます」
ウィニエルの息が微かに僕の髪に触れる。
「……っ……ウィニエルっ!!」
僕はすぐさま顔を上げて、彼女の腕を引こうと思った。

けれど、

「…………っ……」
ウィニエルの姿はもうなかった。

ただ純白の小さな羽根が一片、宙を舞っている。

『また、来ます』

羽根はそう告げながらゆっくりと僕の膝に静かに降りた。

「…………ああ、またな……」
僕はそれまでの苛立ちも何もかもを忘れ、残された小さな羽根に知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。

また、な。

彼女が帰ってくれて僕は心底安堵した。
次会った時はいつもの僕に戻っているだろう。
そして、彼女もいつも通りだ。

いつもの僕に、いつもの彼女。

「…………違う……何かが違う気がする」
僕は首を横に振るう。

僕の中に何かが生まれようとしている気がした。

次に彼女に会ったらそれが何かわかるかもしれないし、
まだわからないかもしれない。
けど、もうこれ以上彼女を困らせるようなことは止めようと思う。


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*後書き*

……何だか収拾ついてませんが?( ̄д ̄;)
恋愛前って感じでしょうか。
ビミョウライン。
ゲーム中の台詞等々+アレンジ〜な感じです。
このSS書く為にゲームやり直しました。
……な割りにオリジ要素多すぎかも?
ロクスの性格まだよく掴めてなくって……。

ロクスFANの方すみません……。

続き物ではありませんが、書く機会があったらまた書いてみたいと思います〜(^^)