−会いたい−

 ―――それは、ある日の出来事だった。


「…グリフィン、お願いです。クヴァールの領主の居城が襲われています。どうか、事件を解決していただけないでしょうか」

いつものようにあいつが訪問して来て、
いつものように二人で過ごしていた。
丁度俺が食事中だったから、「一緒に食事でもするか」なんて話をして二人して随分ご機嫌な時間を満喫していた。
あいつは翼を隠し、皆の前に姿を現して俺の向かいに座って穏やかに微笑んでいたんだ。

そんなあいつが突然切り出したから、はっとする。

すっかり、忘れていた。

「嫌だね!」
気が付いたらあいつの頼みを突っぱねていた。

「でも!」
けど、あいつは食い下がる。

「その件は終わったはずだろ? お前…俺の過去を知ってるのによくそんなことが言えるな」

あいつは俺の過去を知ってる。
狂った領主のヤローに家族を殺されたこと。
涙まで流して最後まで聞いていた。

それに、俺の気持ちもわかってるはずだ。

ウィニエル。

お前は、俺がお前を想ってることをわかってるんだろ?

俺にまた忌まわしい過去を思い出させようっていうのかよ…。

「……で、ですが…お城が…きっと…イダヴェルさんも待って…
ウィニエルは俯いて酷く哀しげな顔をする。最後の方は小さくてよく聞えなかった。

ただ、俺は。

”お前は、俺より世界を取るのか”

わかっていたはずなのに、ついそう思ってしまう。
この世界を救うために遣わされた天使だというのに、つい、忘れてしまう。

俺の為に降りてきたんだって、勘違いしちまう。

「城がどうなろうと知ったこっちゃないね」

俺が冷たく言い放つと、あいつはそのまま黙り込んでしまった。

「………」
「………」

俺も、それ以上何も言えずに黙り込む。


こういう沈黙は重くて、俺は嫌いだった。


しばらくして、
あいつが顔を上げて俺を真っ直ぐに見据え、言葉を紡ぐ。


「……グリフィンはそれでいいのですか?」

「え・・・」

あいつの言葉が俺の胸を鋭く抉る。

それからは自問自答だ。


俺はそれでいいのか?


このまま放っておいていいのか?


放っておくということは、過去と対峙せず、逃げているだけじゃないのか?


あのヤローを倒すのは誰かに頼まれなくたっていつかやってやる。

ただ、今回のはそうじゃない。

俺は、過去にあのヤローから受けた心の傷をただの血縁者ってだけで憎んで、見捨てようとしている。

過去の恨みを血縁者という理由だけで晴らし、見殺しにするなら、


俺は、


あのヤローまで行かなくとも、それに近い外道になっちまうんじゃないか?
過去と対峙するってのは、あのヤロー個人だけを憎めば済むことだ。


行かなきゃ俺は、逃げることになっちまう。


あいつはきっと一緒に居てくれる。
最後まで見守ってくれるはずだ。


「………」
「………わかりました。他の勇者に頼んでみます」

俺の沈黙が長かったのか、あいつは俺の返事を待たずに唇を噛んで仕方なそうにそう告げた。

「あ、おい…怒ったのか?」
咄嗟にそんなことを口走る。

「…いいえ」
ウィニエルは憂った顔ではにかみながら首を横に振るう。

その表情じゃ、ウィニエルの真意は見えなくて、俺はもう一度問う。

「じゃあ、愛想つかしたとか?」

「…いいえ」

あいつはやっぱりはにかんで首を横に振っている。

「…何だよ…俺が逃げるのが嫌なのか?」

「…いいえ。本来なら立ち向かって欲しいと言うべきなのでしょうけど…あなたの心の傷がどれだけ深いかわかっているから、私はこれ以上無理には言いません…」

さっきまで食って掛かってきたあいつは俺の瞳の奥を覗くように見据え、落ち着いた声で静かに告げた。

「………」

あいつがそんな風に言うから俺は何も言えなかった。
あいつの目からも一時たりとも、逃げられなかった。

「…ただ…私は逃げませんよ」

ウィニエルはふと、そんなことを言う。

「え?」
「…私は、あなたがどんな選択をしても、あなたから逃げたりはしません。インフォスに平穏な時が流れるまで、あなたに同行し、祝福をし続けます」

あいつは、俺から決して目を逸らさなかった。
その瞳の奥に、強い意志が感じられた。

「ウィニエル…」


ああ、こいつは本当に天使なんだ。

俺をちゃんと愛してくれている。
それは俺の望む愛ではないけれど、俺は天使に愛されている。
慈しみという名の愛で。

勿論、多少は俺のことを想ってはくれているみたいだが、
まだ、天使としての愛が大半を占めてるようだ。

「だから、怒ったりなんてしていませんし、愛想なんてつかしていませんよ」

ウィニエルの微笑みは俺を包み込む。
全ての闇から俺を覆い隠すように。

俺を甘やかすように。


ただ少し、悪魔の誘惑にも似てるような気もするが。


それとも… ?


「………」

「…どうかしましたか?」

俺が黙り込むと、あいつは首を傾げた。

「ウィニエル、お前は天使なんだよな?」

俺はお前に、聞きたいことがある。

「…はい、そうですけど… それが何か…」
今更何を訊くのだろうか。とでも言いたげな顔であいつは小首を傾げる。

「…お前ってやっぱ、天使失格だ」

「ええっ!? と、突然何… え、ええっ!? ど、どうしてですか!? というか、何で今!?(私変なこと言った!?)」

俺の突然の一言にウィニエルは目を丸くして驚く。
しかも、”天使失格”の一言はあいつの弱さを曝け出す。

さっきまでの落ち着きがこの慌てようだ。

「…いいか、天使っつーのは、だ」
「へ?… は、はい!」

俺が説教モードに入ったと思ったのか、あいつは突然椅子の上に正座をする。

「…甘やかすだけじゃ駄目なんだぜ? 甘やかすっていうのは堕落させんのと一緒だ」

俺は肘をテーブルについてあいつを覗き込むように言ってやった。
これで、天使の役割ってもんがどんなものか、また少しわかるかもしれない。

俺の役割はこいつを立派な天使にすること…か?

まぁ、ぶっちゃけ、天使がどんなもんだなんて知りもしないから適当だけど。


とまぁ、


得意気に言ってやったのは良かったが、

「私は別に甘やかしては… それに、時にそういうことも必要なんじゃないですか? 天使だからこそ、何でも許してあげねばいけないということもありますし… 天使としてそう思いますけど…」

あいつはさらりと正論を述べた。


ぐ。


確かに時と場合によるよな… と俺もわかってはいたんだが…。

最近のウィニエルはどうにも成長して、つまらなくなった。
俺が指導することも随分減って来た気がする。

いや、あいつは元々から筋は良かったんだ。

戦闘にしたって俺を庇おうとする行為以外は俺が教えてやれば、次から大体上手く出来てた。
世間知らずだから色々教えてやれば、解釈が多少ずれることもあるが、それなりに理解はしてたし。

けど、駄目出しをするのが俺の仕事だから。

始めはあいつを図に乗らせない為だったけど、今じゃあいつに構いたくてしょうがなくて言っちまう。

あいつが一人前になったってことはもうとっくに気付いているのに、

反面、
あいつを、天使だなんて認めたくなくなってる。


以前ならあいつが俺を追ってきたのに、今じゃ俺があいつを追ってばかりいる。


わかってるんだ。

俺があいつを追っているのは、あいつが心配だからとかそういう理由じゃない。


ただ、好きだからだ。


重症だよな。


掴めそうで掴めない天使。

蜂蜜の髪と、宝石を思わせるエメラルドグリーンの瞳、桃色の柔らかい唇。
俺を酔わせる、艶っぽい甘く魅惑的な可愛い声。

そして、背中の翼が無い今のお前はさ、


これは、

やっぱり、


全然天使なんかじゃねぇ… よな。 …うん。

「…グリフィン!」
「な、何だよ!?」

俺が物思いにふけってる中、気が付くとウィニエルがこちらを睨みつけていた。

「私は天使ですよ、グリフィン。甘やかしてるんじゃないんです! 天使として、あなたを信頼しているから! 天使だからこそ! です。大体、私何か変なこと言いましたか? グリフィンの機嫌損ねることなんて言ってないじゃないですか! 天使だからこそなのに……ない…むぅ…一体…」

あいつは怒っているのか、頬を膨らましながらそんなことをブツブツと言い続ける。

「…何だよ、やに”天使”って言葉を強調すんな… そんなにショックだったのか?」

俺はあいつの小言を遮って告げる。

「…むぅ。人がせっかく… ショックに決まってます! 私は天使なのに、天使失格だなんて! グリフィン酷い!」

ウィニエルが俺から目を逸らし、首を乱暴に横に向けてしまう。

「あ、おい…どうしたんだよ? 怒ったのか?」

俺の目の前には僅かに頬を膨らます女の横顔がそこにあった。ウィニエルは俺が声を掛けてもこちらを向いてはくれない。
こんなあいつは珍しくて、俺は不謹慎にもあいつの新しい一面を知ることが出来て嬉しいとか思ってしまった。

「…怒ってなんていませんよ。ただ…無闇に”天使失格”とか、言わないで下さい」

あいつは少しだけ、沈んだ声で俺の方を振り向かずに告げた。

「え?」

「…まだ足らないのはわかっています。でも…私、精一杯頑張ってるつもりなんです。…一番信頼してる人に、失格って言われたら、いくら天使の私でも辛いです。それに、今は私のことなんかより、あなたのこと」

「え?」

俺はあいつの言葉達にただただ、アホみたいに「え?」と訊き返していた。
あいつは尚もこちらを向いてはくれない。

ただ、自分の言った言葉が恥ずかしかったのか、頬がほのかに赤らみ、視線が宙を泳いでいた。

あいつが恥ずかしがった言葉は、

”一番信頼している人”という俺への言葉?

それとも、

”天使の私でも辛い”という弱音?

自分のことより、俺のことっていうのはいつものことだから違う。

俺への言葉がその態度に繋がっていればいいが、残念ながら多分、後者だ。
あいつの弱音をこんな風に聞くとは思わなかった。

俺の言葉で、あいつがどれだけ傷ついてたかなんて、俺は全く気が付かなかった。

半人前、天使失格。

お前にとって、この二つの言葉は何よりも傷つく言葉なんだな。


俺は、ただ、お前が天使じゃなければいい、そう思ってるだけなのにな。


それでお前を傷つけてたなんて…。


あいつはまだ俺の方に振り向いてはくれない。
相当傷ついているのかもしれない。


「…悪ぃ…お前はよくやってるよ。つい、面白半分で、言っちまって悪かった」

面白半分でなんて言ってない。
お前があんまりにも天使っぽくなって来てるから嫌なだけだ。
否定したいだけだ。

けど、そう謝るしかないだろ?

「………」
それでも、ウィニエルはこちらに振り向いてくれなかった。

「…もう失格とか、半人前とかそういうことは言わねぇ。お前は一人前の天使だ」
「………」

あいつは視線だけを俺の方へと向け、訝しそうに見る。

「…なぁ、こっち向けよ。 …まだ怒ってんのか? ウィニエル」
俺はテーブルに肘を付いてあいつの名を呼ぶ。

「…だ、だから怒ってなんていませんって…それに、無理に一人前なんて言わなくていいですよ。まだまだ半人前なのは自分でわかってますから」

あいつの声はすっかりいつも通りの声色に戻り、落ち着いていた。
なのに、やっぱりこちらに振り向いてはくれず、視線だけ俺の方に向ける。

怒ってるんだか、怒ってないんだか、さっぱりわからない。

「…じゃーこっち向けばいいじゃねーか…」

結局は俺の方が頬を膨らますことになる。

わけがわかんねぇよ、ウィニエル。

俺は頭を抱えて下を向いてから、あいつの方を見た。

「………」

何故かあいつの頬が赤く染まっている。
そして、視線だけが時折俺と合ったり、宙を泳いだり。

「…?」


さっぱり、わからん。





あいつは一向に振り向こうとはしなかった。

随分と長い時間の経過を感じた。あいつのわけのわからない頑固な持久戦はそろそろ終わりを迎えてもいい頃だ。

「…あのぉ〜…」
あいつが振り向かないまま言葉を発した。

「…何だよ、こっち向く気になったのか?」
俺も先程と同じ肘をついたままの格好であいつが振り向くのを待っていた。

「……それが…笑わないでくれますか…?」
「? …おう」
あいつが切羽詰ったような顔で何か言いたそうだったから、俺は聞いてやることにした。


「…首…筋違っちゃったみたいで…」


はぁ!?

「…う… だ、だから、さっき思いっきり首を捻ったら、中まで捩れたみたいで…」
ウィニエルはばつが悪そうに頬から耳まで赤く染めながら告げた。

「………ブッ! ぶはははははっ!!」

俺はあいつの言葉に大笑いをした。
だって、こんな間抜けなことなんてそうあることじゃない。
あいつが怒ってないとわかって安堵した気持ちが更に俺を心から笑わせた。

「う… ひ、酷い、グリフィン!! こっちは真剣なのに!」
ウィニエルは横顔のまま頬を膨らます。
こりゃ、完全に怒ってる。

「だ、だってよ!! あは、あははっ!! お前、天使とか言う前に、その天然どうにかしろよ!! はははっ!!」
ついには俺は立ち上がって、ウィニエルの傍まで顔を見にいってやった。

あいつの可愛い顔が俺を見上げる。

「・・・うう… 笑わないでって言ったのに…」
瞳に涙を溜めながら、動かない首の、動ける視線だけが俺を見つめ続けた。

「はははっ!! だってよ! お前そりゃ笑…・・・わない。ああ、もう、笑わねぇよ」
大笑いをし続ける俺をウィニエルの瞳が捕らえ、絡めていた。

それが、可愛くて、可愛くて。

俺はいつしか大笑いをやめて、あいつの頭を撫でていた。


「……助けて下さい」

「…ああ、わかったよ」

俺はあいつの首を少しずつ元に戻してやる。
ウィニエルは痛いのか、声を噛み殺すようにして俺の顔を見つめている。
俺はあいつの首を元に戻すと、湿布を貼って、包帯を巻いてやった。
処置を終えて、俺が席に戻るとあいつは照れくさそうに笑う。

「…ありがとうございました。…何だか、恥ずかしいですね」
ウィニエルは頬を赤くして俯く。

「…ああ、ほら、周りの奴ら笑ってるぜ?」

先程からその様子を見ていた周りの奴らが所々であいつを笑っていたのだった。
俺は周りの席を睨みながら告げてやった。

けど、あいつの”恥ずかしい”というポイントはそこにはなかったらしい。

「え? 私が笑われてるんですか? 別にそんなのは気になりませんけど…」
あいつは小首を傾げてよくわからないという顔をする。

「ん? じゃあ、何が恥ずかしいんだ?」

「あ、はい… せっかく真剣な話をしていたのに、私ったら話題放棄してしまって…」

ウィニエルには周りのことは目に入ってなかったようだった。
それが救いだった。
笑っていた奴等ももう、それぞれの話へと話題を変え、互いの連れと話をしている。

「…本当、私って天使失格なのかもしれませんね…」

と思ったら、今度はあいつが沈んでいた。
はぁ、とため息を吐いて、テーブルの上に両肘をつき、頭を抱えるようにして俯いている。

「…別に失格じゃねぇよ」

「…だって、グリフィンのこと、ちゃんと説得も出来ないんですよ?」
あいつの手が拳を作り、その拳が小さく震えていた。
顔はまだ、俯いたままだった。

「説得って…」

俺があいつの手を取ると、あいつはようやく顔を上げて、俺を見つめる。

「……私は、グリフィンのことを信じています。さっきのこと、甘やかしているわけじゃない。あなたはきっと」

ウィニエルは無表情で目を逸らすことなく告げた。
その瞳に、ただ、一つ。強い意志を携えて。
これは、天使の瞳だ。
勇者を信じているという天使の瞳。

そして、同時に、俺個人へと向けられた、あいつ個人の信頼という想い。
俺もその視線から逃れられずにただ、見つめ合っていた。

「…ああ、行ってやるよ。俺は勇者なんだし…」

こう言うしかなかった。

「グリフィン!」

俺の一言にあいつが花開いたように明るく微笑んだ。

「そう言ってくれると、信じていました」


それから、あいつのご機嫌はすこぶる良かった。
こういう所を見ると、意外と単純だなって思う時がある。

「…城に行って、そこに居る奴等を倒せばいいんだろ?」
「はい! それじゃ、早速向かいましょう! 私もお供しますから」


俺はそれから、あいつと共に城に向かった。


* * * * *


俺とあいつの前にどんな奴が現れようが、俺達の敵じゃなかった。
ウィニエルの奴サポートが上手くなって、やっぱり少し淋しいな。なんて思ってたんだ。

城なんかどうだって良かった。
ただ、あいつがそう望むから。

イダヴェルを助けたのだって、たまたまだ。

ウィニエルの態度がおかしくなったのは、この頃からかもしれない。

「グリフィン、さっきの態度は何ですか。あれではイダヴェルさんが可哀想です」
城の帰り道、あいつは斜め後ろ上から俺にそんなことを言う。

「お前な…」
俺はあいつを恨めしそうに振り返る。

「? 何ですかその目。もうちょっとイダヴェルさんに優しくしてあげて下さい」

あいつは何にもわかってない顔で平然と俺を叱責した。
その態度が気に食わなくて、俺もつい反抗してしまう。

「お前も知ってるだろ? あいつはなぁ!」

「…イダヴェルさんはイダヴェルさんであって、イダヴェルさんのお祖父さんではないのですよ?」


そんなことはわかってるってんだ。


わかってないのは、お前だ。
ウィニエル。

お前、俺のこと何とも想ってないのか?

何度いい雰囲気になっても、掴めそうで掴めないよな、お前ってさ。

「お前はそれでいいのか?」
俺はあいつの腕を引き寄せ、宙に浮くあいつを見上げる。

「何がですか? イダヴェルさんにもう少し優しくして下さい」
ウィニエルは穏やかに微笑んで痛いことを告げた。

俺の気持ちはどうにも伝わっていないようだ。

「…お前がそう言うなら……ただ勘違いはするなよな」


また、だ。


ああ、腹が立ってきた。


「勘違い…?」
首を傾げ、何のことかさっぱりわからないといった顔。

こいつは、一体何を考えているんだろうか。

「……お前、俺がイダヴェルとくっついてもいいって思ってんじゃねぇよな?」

「え…… んむっ!?」

俺はあいつの腕を強く引いて、首に縋る様にして、唇をあいつに押し付けた。
普通なら、女が男に背伸びしてする格好だが、
相手が天使だからこれも致し方ない。

あいつの首を放さないように、乱暴に舌も捩じ込め、あいつの唾液を俺の舌に絡ませる。

「…んん…んはっ…やっ…やめて下さい! グリフィン!!」

俺の胸に痛みが走った。

「っ…」

あいつがめいっぱい腕に力を込めたのか、気が付いたら俺は尻餅をついていた。

「…っ…はぁっ…はぁっ… こんなのっ…酷い… グリフィンのばかっ!!」

あいつはそれだけ言って、消えてしまう。

「…ウィニエル!!」

俺は咄嗟にあいつの名を呼んだんだけど、あいつは戻ってきてはくれなかった。

残ったのは、無様な格好の俺と、地面に黒い染み。

消える直前まであいつの瞳から涙が溢れ、地面を濡らしていた。

「……ごめん…でも、俺は…」


あいつ、傷ついた顔をしていた。


けど、俺は、あいつに触れられて良かったって思ってる。
ずっと触れたくて触れたくてしょうがなかったんだから。

後悔なんか全然してない。
傷つけるつもりも全くない。

だってよ、
あいつは、
俺とイダヴェルをくっつけようとしている。


俺が好きなのはウィニエル、お前なのに。


何でだよ、何で俺にイダヴェルのことを言うんだよ…。


* * * * *

それから、一ヶ月。

あいつから何の連絡もない。
俺が呼んでも忙しいとかいう理由で来てくれない。

俺にキスされたことがそんなにショックだったのかと思うと、凄く辛くなる。

俺は今でもあいつに触れたいって思ってるってのに。

っつか、しばらく会ってないから禁断症状が出そうだ。

「…ウィニエルを呼んでくれよ、ローザ」
俺はベッドにうつ伏せでへばり付きながら妖精に告げた。

「駄目です。ウィニエル様は今お忙しくて… そういえば、イダヴェルさんが先程来られてましたが?」
ローザは俺の上を旋回しながらいつもの口調で答えた。
どうにもローザがウィニエルに会わせないでいるような気もする。

フロリンダに言っても「ウィニエル様はぁ、フロリンと遊んでいるのでぇ」とか、わけわからんし。

何もかもが疑わしい。

「…いだべるになんか会わねぇよ・・・俺が会いたいのはうぃにえるだけなんだって…」
身体が重くて動く気にもなれない。

まぁ、依頼もないから動くことも必要ないんだけど、なんつーか、遊びに行く気も起こらない。

「はぁ… 何だか重症ですね」
ローザが呆れるように告げた。

「…だから、あいつを呼んでくれりゃあ治るって…」
俺は枕に顔を鎮める。

「だから、無理ですってば」
ローザはそれだけ言って、気配を消した。
多分、帰ったんだろう。
ローザにしては珍しく随分砕けた言い方をしたのに、俺は気付きもしなかった。


…会いたい。


あいつに会いたい。

会って、キスしたい。
気持ちも告げてしまいたい。

ずっと一緒に居たい。

そこまで思わせるようにしたのは、ウィニエル、お前なのに。
お前は平気で俺を放っておくのか。


それでも…


う〜ん…


やっぱ、好きだな。
うん。


理屈じゃねぇんだよ、こういうのは。

あいつは全然思い通りにならないし、時にすげー腹の立つことも言うけど、好きなんだ。

あいつが俺を嫌ったとしても、それは変わらない。


ただ、やっぱり、


「…会いてぇんだって…ウィニエル…」

もう、この際、キスも何もなくてもいい。
顔が見たい。
話がしたい。

怒っててもいいからあいつの声が聞きたい。


「…来ないなら俺、勇者やめちまうぜ…?」

誰も居ない部屋で一人呟く。


刹那、

「…もう、だから忙しいって言ってるじゃありませんか!!」

俺の頭上から声が降って来る。
少し怒ったような、それでも柔らかく温かい口調。

俺が待ち望んでいた、声。
翼のような影がこの状態でもわずかに見える。

「え?」
俺は声の主を確認しようと身体を起こすために両手をついた。

「あ、駄目、そのままで。あと、こっち振り向かないで下さいね」
だが、声の主がそれを止めさせる。

「な、何だよそれ…せっかく久しぶりに会えたってーのに…」

「グリフィン」

俺はその呼び声で動きを止めてしまう。


ウィニエルの声だ。


あいつの声が耳へと届く度、俺の胸に、心に響く。

「…動かないで下さいね」

そして、俺の背に重みが重なる。

「……な、何だよ?」

俺の背にあいつが乗ってるのがわかった。
俺と同じ格好のまま、あいつは俺の背に乗っている。
あいつの柔らかくて、温かいぬくもりがほのかに伝わってくる。

少し重いのは、あいつが翼を隠したからだ。
さっきまであった翼の影が今は無い。


「………」


あいつは何も言わなかった。
そのままでって言われた俺も何も言わなかった。

しばらくの沈黙の後、ため息交じりの声が聞こえる。


「……会いたかったぁ…」


あいつの熱い息が俺のうなじに触れて、俺の心臓が強く波打った。

「ウィニエルっ!!」

どう反転したのかは知らない。
実際記憶はあんまりないんだ。
気が付いたら、俺とあいつの位置が入れ替わってて。


「……グリフィン…」

ウィニエルは俺に腕を押さえられながら、俺を見上げている。
少しだけ、頬を赤く染めはにかんで。

「…お前…」

あいつの微笑みに俺の手が緩んで、ウィニエルはそのまま俺の頬を両手で優しく包み込んだ。

久しぶりに見たあいつはやっぱり、可愛くて。
ここまでどうやってこぎつけたかわからないけど、あいつが誘ってるような気がして。

でも、まてよ?

今まであいつにそんな自覚あったっけ?

甘い雰囲気なんて、無い…よなぁ…。
こないだみたいに無理矢理して、また消えたら嫌だし…。

なんて、俺はどうでもいいことを考えていた。

なんだけど、

俺はこの後、そんなことを考えたことを後悔する。

「…キス、してもいいですか?」

「は? え?」

俺の首にあいつの手が絡まって、あいつは俺の唇に自分の唇を重ね合わせる。

途端、俺の脳は活動を停止した。

「………」

俺が何も考えられずウィニエルの行為にただ、固まっていたら、

「……はむ…」

「!?」

あいつは自分から俺の中に舌を入れてきた。
そして、身体を起こし、気がつけば二人とも正座をしながらベッドの上に座っていた。

互いに視線を絡ませたまま、

「…ん…んむぅ…ふぁ…」

あいつの唇から唾液が零れ、俺の唇からも同じように垂れている。

なのに、俺はどうして動けないんだろう…。
っつうか、今、チャンスだろ!?

俺ははっとしてあいつがその気ならと、お返ししようと思ったんだが…

「……んっ… ふぅ…これでいいですね」

「…は?」

あいつは俺から離れ、唇を拭って、屈託無く笑った。

「こないだのお返しです。グリフィンてば、いきなりキスするんだもの。ずるい」

「え?」
状況がよく掴めていない俺は、ぽかんと間抜けに口を半開きにしたままあいつを見ていた。

「あ、汚れちゃいましたね」
そう言って、ウィニエルはくすりと悪戯っぽく笑って、俺の唇から零れた唾液を指で拭った。

「…っ…ウィニエルっ」

その顔が魅惑的で、俺はあいつの手を取る。

「は、はい?」

けど、あいつは何のことやらわからないといった顔で急に取られた手元と俺を交互に見た。
そんな顔されたら、俺はもう、それ以上何も出来なくて。


「………」


お前、あれだけしといて”お返し”ってどういうことだよ。
こっちはその気になったっていうのに。

その気って…何だよ… ……。


あいつはどこか物事の捉え方が間違っているような気がする。


…ま、そんなとこがいいんだけど。
…惚れた弱みか。

辛いところだよな…。

何て考えてたら、

「どうしたんですか? グリフィン?」
ウィニエルはいつものように首を傾げる。

「……キスする時はよ、目を瞑るもんなんだぜ?」

しぶしぶ俺はあいつのペースに合わせてやることにした。
俺はいつだって、あいつのペースに巻き込まれてばかりだしな。

「え? あ、そうなんですか?」

ほら、天然なあいつはそう答えるだろう?
だから、俺もまた、さらりと言ってやるんだ。

「…今度する時は瞑れよな」

「はい」

ほら、あいつは流れのままに返事をする。
どうせ、ちゃんとわかっちゃいないくせに。

「……本当かよ、それ…」

流れで返事したってことでもいい。
まだ、ウィニエルが気付いてないなら、それでもいい。

「本当って何ですか? 疑ってるんですか?」

あいつが俺を何の疑いも無く覗き込む。


「キスする時は…」


俺は目を閉じて静かにあいつの唇に顔を近付けていく。


「……目を…瞑る…」


俺があいつの唇に軽く触れて、ふと、目を開けると、あいつはちゃんと目を閉じていた。長い睫毛が均一に生えて、上を向いている。


うーん…。


やっぱり、可愛いよな、こういう所。


「………」


ほんの少し、触れ合うだけの軽いキスだったけど、今までで一番まともにキスしたな、って感じがした。
俺が離れてしばらくすると、あいつは閉じた目をゆっくりと開き、特に何も言わなかった。

ただ、穏やかに微笑んでいる。

「…なぁ、ウィニエル…」

「はい?」

「…キス、これからもしような」

互いにおでこを合わせて俺達は見つめ合っていた。


これ、何かいい感じじゃねぇか?


「…… …… …… はい

あいつは長い沈黙の後、小さく頷いた。


やっぱ、いい感じだよなぁ?


けど、待てよ。


俺は、

結局俺は、自分の想いを伝えていない。


だってよ、


あいつは俺の手を取って、春の日差しみたく笑ったんだ。


「今日は、一緒に居ましょうね」


あいつの笑顔見てたら、俺は何も言えなくなった。


さっき、言ってた、あいつの言葉。


『……会いたかったぁ…』


会いたい、
会いたい、


そう思ってたのは俺だけじゃないって、何となくわかったから―――。


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*後書き*

ナハー(何)
またも纏まりが…はう。

もはやゲーム内容自体すらもオリジナルと化しておりますごめんなさい。
時期は襲われた領主の居城辺りです。
”わかってないのは?”の続きみたいな感じでしょうか。

一応、グリフィン×ウィニエルはほのぼの路線で行きたいのですが、今回はキスしちゃいました。アハ(爆)
しかもグリフィンさん相当やる気モードでしたし? (爆)(爆)
その先まで書く所でした。ヤバイヤバイ。

お前等やっぱ両思いじゃん!!
とか、やはり突っ込み所が満載な感じでしたがいかがだったでしょう?

私の中で、グリフィンはウィニエルには絶対逆らえないよな〜って思ってます。
まぁ、ウィニエルの方が年上だしねぇ…。
っつうか、何だかんだ言っても男は惚れた女に弱い方がいい!!
う〜ん、でも私のは多分恋じゃなくて、愛なんでしょうね。
自分本位の恋ではなく、相手を思いやる愛だから、やっぱり弱くなってしまうのかなぁ?
時に強気でゴーってこともありますが。

ちなみに、贖いシリーズのフェイン×ウィニエルはフェインのは恋で、ウィニエルのは愛です。
フェインの恋がいつか愛に変わるといいなー、なんて思いますが。
はて? なぜ、ここにそんなこと書いているのかf( ̄▽ ̄;)

あ、グリフィン×ウィニエルは二人とも愛です♪
だから、中々進まないんですね〜。
あーもどかすぃ。

そのまだるっこしさがまた、萌えなんです。
自分的にモヘ〜(モヘ?)
でも、ウィニエルの方がやや恋に近いかな?
というか、恋してんのかお前? って言いたい(笑)
未だにインフォスウィニエルが掴みきれてないんで、どうにも天然過ぎだろ! って突っ込みつつ。

イダヴェルさんね〜…彼女可愛いのになぁ…。
台詞すらなかったな…(;¬д¬)

グリフィン×ウィニエルはグリフィンSIDEしかないので、ウィニーちゃんの気持ちが書かれてませんけど、きっと何か考えてることがあるんでしょうね。
とはいえ、私も本当に掴めないよ、ウィニエルさん。

とりあえず、わかるのはズレですね。
天然さん…。
ここまで天然にする筈では…。

長々とこんな所まで読んで下さりありがとうございましたm(_ _)m

まだまだ、グリフィンさんの受難は続きそうです(笑)