−わかってないのは?−

あいつの依頼の一つがまた終わった。
俺は今宿を取ってゆっくりと身体を休めている。

あいつに会いたいなー…なんて思ってると、


あ。


もうすぐあいつがやって来る。…気がする。

外に居る時は俺が驚かないように静かに声を掛ける。
たまに機嫌がいい時は思いっきり俺を驚かして笑って見せたりもするが、驚いた俺に頭を小突かれるからそれはたまにだ。

で、

こうして部屋を取っている時はご丁寧に部屋をノックして。

コンコン。

木のドアが軽快な音を立てる。
ドアのノック音であいつの機嫌が最近わかるようになってきた。

いつもノックは二回。

乱暴に音を大きく立てる時は大抵急いでいる時か機嫌が悪い時だ。
怒っているとひつこく何度も拳を打ち付ける。
一回目と二回目の間があると、少し落ち込んでいるか、俺の様子を伺っている。

軽快なノックは機嫌がいい。

あいつは予定通りにことが運ぶと満足するらしい。
今回みたいに依頼された事件が無事解決し、大した怪我もなく、俺の強さも上がるとあいつの機嫌はすこぶる良い。

予定通り行かなくても怒りはしないが、少し落ち込む。

予定通りの人生なんてつまんねぇよなぁ…と思ったけど、それは言わないことにした。言えばあいつはだんまりを決め込んで悩み始める。


しかも俺の真ん前で長時間。


そもそもあいつは天使だから”人生”とも言わねぇだろうし、天使の寿命は永いらしい。そんなに永い間生きるならもっと余裕を持ちゃあいいのにあいつは変な所が細かい。
憶えて欲しいことを憶えないで余計なことは覚えてやがる。

まぁ、あいつが完璧になっちまうと俺の役目も終わっちまうしな。
そうなったらそうなったで何かつまんねぇし…。


…まぁ、それは今はいいか。


とりあえず、今日はあいつ機嫌がいいみたいだ。
それを耳で確認した俺はドアを開け、真夜中の訪問者を部屋へ招き入れる。

「こんばんは、グリフィン」
「…おう」
ウィニエルの柔らかな笑顔に釣られて俺もつい、微笑み返してしまう。

「…まぁ、ゆっくりしてけよ」
俺がそう告げると、あいつは軽く一礼して、部屋の中へと入る。

「事件の解決ありがとうございました。これからも宜しくお願いしますね」
俺がベッドに腰掛けると、ウィニエルが頭を深々と下げる。
こいつはいつも変な所が礼儀正しい。

「………」

俺は答えなかった。

ウィニエルはなんていうか、独特な女だ。
例えば道で迷った時、俺が右だと言っても、自分が左だと思えば左だと言う。
そして、別の日に同じ場所で右だと言うと、今度は右だと言う。
例え話だから空から見ればわかる…というのはここでは置いておく。
良く言えば柔軟だが、悪く言うと気分屋だな。

基本は優しいが、時に可愛い顔で悪魔を演じやがる。
掴めそうで掴めない性格。


それに振り回されてる俺。


飽きることが無いから毎日が退屈しない。

ただ、たまにもどかしくなる。


こいつはどうにも俺の思い通りにはなってくれないから。


「グリフィン? …どうかしたんですか?」
ウィニエルが俺の足元の床に三つ指をついて正座をし、首を傾げて俺を見上げる。

「…別に?」
俺はあいつと視線を交わし、すぐに目を逸らした。
ここからだと、あいつの胸元が丸見えだった。


お前は俺を舐めてんのか!?


どう見たって挑発してるようにしか思えない。

その上、

「そうですか? じゃあ、熱でもあるんでしょうか…?」
あいつは突然膝を立てて俺の顔を自分の方へ引き寄せ、俺の額に自分の額を当てる。

これじゃあ、目線を逸らすのは無理だ。
逃げようがない。
目線を下に逸らせば毒だし、目を合わすのも何だか気まずい。
どっちにしたって、あいつの瞳や唇、滑らかな肌が俺を誘ってるようにしか思えなくなって来る。

あいつの表情が俺の目の前でころころ変わる。
こんな間近にあいつを感じられるのは喜ばしいことだが…、

あいつは俺がどんな思いでこの場を耐えてるなんてこと知りもしない。

「うう〜ん…熱は無いみたいですよ? でも顔赤いですね。風邪の前触れかも知れませんね。今日はもう休んでは?」


んなことはいいから、俺から今すぐ離れろ。


でないと襲うぞ。


…こんな時はつい、悪戯をしたくなる。

「…報酬は?」
「…え? 報酬ですか?」

俺があいつの目を真っ直ぐに見つめて告げると、あいつは目を丸くした。

「勇者を引き受けるとき儲かるって言ったよな? 当然褒美があるんだろ? 今回は貰ってねぇぜ?」

ちょっと、卑怯な物言いかも知れない。
あいつは俺の装備品やらをこまめによこす。それが褒美とも取れるはずなのに、俺は別のものを要求してる。
けど、あいつは俺の要求を断ったりはしない。

俺が天使の勇者である限り、天使は勇者が望んだことを拒んだり出来ない…はずだ。
でなきゃ俺が勇者を降りるって脅すまで。

「…また…ですか? 儲かるなんて一言も言わなかったと思いますけど…」

ウィニエルは不服そうに俺から離れて、再び正座しながら告げた。

そう、この文句は何度か使ってる。


こうでも言わなきゃ我慢している俺が可哀想だろ?


「…グリフィンには頑張って貰ってますし…しょうがないですね。前回は竜の酒でしたっけ…今回は何が欲しいんですか?」

ほら、な。

別に欲しいものなんか無い。


お前以外は。


「お前…」
「えっ!? そ、それは…」

ついうっかり口が滑っていた。
驚いたウィニエルが口元に手を添え息を呑む。

「…の首に付けてるそのネックレス」

俺は慌てていたが、平静を装ってあいつの首に掛かっているトップが小さな一粒の白いパールのネックレスを指差した。

「え…あ、これですか? 別に構いませんけど…これは別に高価なものではありませんよ?」
ウィニエルは安堵したのかパールに触れて、俺を見つめ返した。

少し、顔が赤い。

俺の言葉が理解出来ていたということか。
大概そういうことに疎いのに、時に鋭いのには困る。
特にこっちがそれを逸らそうとしている時に限ってあいつは気付く。

なら、もうちょっと早く気付けよ、そしたらお互い良い雰囲気ってもんにもなるだろうに…ってそのほんのり赤くなった柔らかそうな頬に噛み付きたくなる。


「お前の大事なものなのか?」


大事なものなら貰うわけにはいかない。
だって、俺が本当に欲しいのはそんな物じゃなく、お前だ。

お前が持ってるものなんかじゃ全然足りない。

「いえ…別に…ただ、昔から肌身離さず付けてたものなので…」
「…それって大事なものだろが」

俺は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
あいつの言動は時折こんな感じにおかしい。

「…あ、そっか、そうですね。でも、いいですよ。 …ちょっと待って下さいね、今外しますから」
ウィニエルは首に手を回し、ネックレスを外そうとする。

「いや…いい、大事なもんなら貰うわけにはいかねぇよ」
「グリフィン、取って貰えますか? 後ろよく見えなくて」


「…人の話を聞け」


っつか、後ろは見えないだろ、普通。

「え? 何ですか? ほら、取って下さいよー…」
ウィニエルは俺の言い分など完全に無視して、俺に背を向け長い髪を掻き分ける。
あいつの髪の香りが仄かに香って来る。花のような、甘い果実のような気を抜くと酔ってしまいそうな、そんな誘惑の香りだった。

「…へいへい」
俺は静かにあいつの項へ手を滑らせた。
後れ毛からもあの香りが俺の鼻を擽る。

俺は理性を失わないように素早くネックレスを外した。

「ほらよ」
「ありがとうございます。じゃーはい、どうぞ」
俺がネックレスを外してあいつの手の平に載せると、ウィニエルは細いチェーンを両手で摘んでその形がよくわかるよう俺に差し出した。


「だから、大事なものなら要らねぇって」


「…男に二言は無いとか…」
ウィニエルが訝しい顔でこちらを伺う。

「はぁ?」
俺もつい、眉を顰めてあいつを睨みつけてしまった。

「一度口にしたことは元には戻せませんよ。グリフィン」
あいつは「さぁ、どうぞ」、そう言わんばかりにネックレスを俺に近づけて来る。

「何言ってんだか…」
「いいから、ほら、貰って下さい」


男に二言は無いというわけのわからない文句を盾に貰うわけにはいかねぇだろ。


「…じゃあ、お前は俺がお前を欲しいって言ったらくれんのか?」


「へ?」


不意をつかれたようにウィニエルがネックレスを俺に差し出したままの形で固まる。


「…あ、いや、例えばの話だ… いや、やっぱり何でもない。今の無し」


俺も我に返って口元を手で覆った。無意識に言葉が口をついて出ていた。


…俺は何てことを口走ったんだ!?


今言ったこと、拾い集めてバラバラにして、散り散りの粉々にしてやりたい。
地中深く埋めて、封印してやりたい。

俺は床に目線を落とした。目の前のあいつの顔が見れない。
怖すぎる。

「………」

あいつは何も言えないでいる。

「………」

俺も何も言えないでいる。あいつを直視することも出来ないまま、動けないまま。

「………」

互いの間にものすんごーく気まずーい空気が流れているのがわかった。
無言の時間っつーのはどうしてこんなに長く感じるんだろうか。


この場合俺が沈黙を壊した方がいいんだよ…なぁ?


「………」

けど言えない俺。
そして、言えないウィニエル。


「…こんばんわぁ! 天使様ぁ、ちょっと宜しいですかぁ?」


ちょっと間の抜けた明るい声が、俺達二人の気まずい空気を壊すように割って入る。

「……え? フロリン?」
ウィニエルが首だけ宙に浮く妖精に向けた。
俺も同じように首だけそちらに向ける。
「…よぉ…」

「あ! お邪魔でしたでしょうか?」

きっとこいつは何の悪気もなく言ったんだろう。フロリンダは無邪気な顔で満面の笑みを浮かべた。

「…あ」
「…えっ!? い、いいえっ!! 丁度良いタイミングです!」

俺が「ああ」と言おうとすると、ウィニエルは遮るようにして沈黙の呪縛から解き放たれ、立ち上がった。
俺の眉が自然と動いた気がした。


……丁度良いタイミングって何だよ。


「どうかしたの? 何かあった?」
ウィニエルはネックレスを右手にぶら提げるように持ち、フロリンダと対話する。
俺の身体はまだ動けなかった。

「あのぅ、それが、ローザちゃんが天使様を呼んで来いってぇ…」
「…そう…ローザが…何かあったのかしら…」
「う〜ん…どうかなぁ…でも、早く行きましょう〜」

二人が俺を完全に無視して勝手なことを言っている。

「…あ…でもグリフィンが…」

やっと気付いたのかウィニエルは二人の会話に入り込めない俺の方を気まずそうに見た。

俺は眉間に皺を寄せたまま、あいつと視線を交じわすと少し間を置いて、乱暴にあしらうように手を振った。


「……行けよ」


行っちまえよ。

丁度良いタイミングだったんだろ?
逃げる口実が出来て安心したってことなんだろ?


ウィニエルお前って、俺のことなんか何にもわかってねぇんだな。

キスした仲だっていうのによ。
お前も俺と同じ気持ちだって少しは思ってたのによ。


マジ、俺凹むわ。


お前のことがわかんなくなって来た。


俺は頭を両腕で抱え込んで俯く。
あいつの声が俺の頭の真上に降って来る。

「…そう…ですか? あ、じゃあ…このネックレス貰ってくだ…」
「要らねぇって言ってんだろ!」

ウィニエルがネックレスを渡そうと俺の手に触れたが、俺は同時顔を上げ、それを乱暴に振り払った。


「あっ…」


ウィニエルの視線が窓の方へと向いた。
ネックレスが勢いで窓の方へと飛んでゆく。


そして、その窓は何故か開いている。
(恐らくフロリンダの所為だ)

ネックレスは窓の外へと落下していく。

ここは二階。
ついでに外は草叢。
夜の闇にあんな小さなパールは見つけにくいだろう。

しかも、

飛んだのはネックレス…のトップだけ。
俺が乱暴に振り払ったためにチェーンが切れたのだった。
切れたチェーンは歪に壊れ、床に落ちている。

ウィニエルの視線もネックレスを追って、弧を描くようにゆっくりと落下していた。


「…っ…」


俺はまた頭を抱え込む。
それ以上先のあいつの表情を見たくなかった。

「あ〜…天使様のネックレスがぁ…」
フロリンダの声のトーンが下がっていた。

あいつの大事なものを俺は失くした。


もう、嫌だ。


俺は、あいつの何なんだよ!?
一人で舞い上がって、一人相撲を取ってる。

さっきのあんな会話、笑い飛ばせば良かったんだ。
『冗談に決まってんだろ、バーカ』って言って、あいつをからかえば良かったんだ。

俺ならそれが出来たはずだ。

でも、実際には出来なかった。


「……ほら、ローザが待ってんだろ! 行けよ!!」


俯きながらもあいつが立っている距離はさっきと変わらなかったから、俺はあいつの手元を確認して押してやった。


「は、はい…」


あいつは俺に手を触れられると一瞬避けるように後ろに下がった。

嫌われたって…そう思った。
けど、顔は上げられない。

申し訳なさはあるが、謝罪の言葉を口には出来そうもない。

だって、俺は何度も”要らない”と言っていた。
無理やり渡そうとしたウィニエルにも非はある。


…それだけじゃない。


傷ついているのはウィニエルだけじゃなく、俺もなんだ。

俺は、天使の勇者でしかない。
ウィニエル個人の勇者ではない。

…そう思えて来たから。


今は謝るなんて、そんな気になれない。


「………じゃ、じゃあ…おやすみなさい…グリフィン…」


しばらくの間の後、ウィニエルが部屋から姿を消したのがわかった。フロリンダがいつもと変わらない口調で、「おやすみなさぁい、グリフィン様ぁ〜」なんて言ってたがよく憶えてない。


俺はもう…諦めた方がいいんだろうか?


俺は、ウィニエルが好きだ。
口に出してあいつにはまだ言えそうも無いが、自覚はしてる。
以前、あいつと不意にキスした後、すぐ気がついた。

俺が勇者をやってる理由はあいつが天使だから、だな。
今ならそう言える。

ウィニエルが天使だったからという大義名分。
世界を救うとか何とか言う前に、俺にとってはそれで充分過ぎるだろう?

あいつが世界を救おうと必死なのはわかってる。俺はあいつが世界を救う手伝いがしたい。あいつについて行けば俺の敵ともいつか対峙出来るって信じてる。

互いに信頼し合ってここまで来たんだ。


「…ウィニエルのバカやろ…少しはわかれ」


それでも、修復できない溝っていうのはあるものなのかも知れない。


あいつが去ってから一人、そんなことを考えていた。


* * * * *

あれから、一週間経った。

俺はあいつを呼び出したりしなかった。
あいつも俺の所へは来ない。

俺の心の傷は癒えていない。

あいつの無神経な一言がこんなにも刺さるとは思わなかった。


”あの”タイミングが丁度良いってどういうことなんだよ。
俺はどうにか沈黙を破ろうとしていたのに。


…っつか、そもそも、そんなことで凹む俺でもないだろうに。


「あー…痛い痛い」


俺は原っぱの真ん中で仰向けに空を見上げ寝転がる。
穏やかな風が筆となって緑の葉と白い雲を運び、青いキャンバスの上に鮮やかに描かれていく。俺はその様子を静かに眺めた。
こんな平和な世界が本当に滅びるのか疑わしいが、世界各地で異変が起きていることは今までのあいつとの旅で事実なんだって信じられる。

俺はやっぱり天使の勇者ってだけで良かったのかも知れない。

あいつがあんまりにも変な奴だから気になって、
気になり始めたらずるずるとあいつに惹き込まれて。


「…はぁ…痛ぇよ…」


ガラにもないよな、心が痛いなんてよ。
女子供じゃあるまいし。


女々しいったらありゃしねぇ。


「…うーん…別にどこも怪我してないみたいですけど…?」
「えっ!? あっ!」

ウィニエルの声が頭上に聞えて俺は慌てて跳ね起き、座ったまま身体を捻るようにしてその声の方へと振り向く。

「…ウィニエル! お前っ!?」
「どこが痛いんですか?」

俺の慌てる様子もお構いなしにあいつは俺の周りを歩きながら、真摯な顔で俺の頭から足の先、背中、腹と体中を凝視した。

「…どこも怪我してないみたいですけど…」
「…あのなぁ…」

俺の身体を気の済むまで眺め終わると、あいつは安堵の表情で僅かに微笑んだ。
ウィニエルの微笑む顔はやっぱり可愛いと思う。
そして、その笑顔は勇者の俺じゃなくて、俺個人に向けられてるって、錯覚してしまいそうになる。

「怪我なんかしてねぇよ。ここんとこ暇だしな」

”お前からの依頼が無いから”
…それは言わないでおいた。
その代わり、あいつの瞳を見つめてやる。

気付けよ、ウィニエル。


お前が好きなんだよ。


本当はお前だって、俺のこと好きなんだろ?

そう心に念じたが、


「そうですか、良かった。グリフィン、実はあなたに会いたがっている方がいらっしゃるんですよ。ついて来て貰えますか?」


俺の想いなんて気付きもしないのか、あいつは淡々と言葉を紡いだ。


久しぶりに会ったウィニエルはどこか冷たいような気がした。


* * * * *


ウィニエルが会わせた人物っつーのは、イダヴェルという俺の家族を殺した一族の人間だった。
イダヴェルは怪物になった自分の祖父を退治して欲しいと俺に告げた。
俺は断ったが、イダヴェルが帰った後であいつは俺に何とか受けるよう説得し始めた。

それでも俺は聞き入れなかった。


俺の家族を殺した一族のために働けるはずもないじゃないか。


俺はあいつを部屋に残して一人で出て来ちまった。


ウィニエル、お前今度は俺に何をさせようと言うんだ?

いくらお前が望んだって、聞き入れられないことだって、あるんだぜ?


「………」
「…グリフィン…」

ウィニエルが俺を心配して傍にやって来たが、結局俺は首を縦には振らなかった。


* * * * *


あれから随分経つ。
俺とウィニエルの距離は何となくぎくしゃくしてる気がする。

それでも、あいつは俺の元へとやって来るから。
俺も何となく断れずに大人しく勇者を続けている。

あの時のことも、
あの時のことも、

ウィニエルは口に出さない。

俺にはウィニエルが何を考えているのか、さっぱり掴めない。
…正直以前よりわからなくなっていた。

あの日、頼み事があったとはいえ、どうして何事もなかったように平気な顔で突然現れたのか。


俺にはお前の考えがさっぱり掴めねぇよ、ウィニエル。


…だが、俺は一つ、少しだけ後悔していることがあった。


「…なぁ、ウィニエル」
「はい?」

俺が声を掛けるとあいつは優しく微笑んで、いつも潤いに溢れている瞳で俺を見つめる。


「…こないだの、ネックレス…ごめんな」


これだけは言っておこうと思ったんだ。
お前の大事な物を壊しておいて、何も言わなかったから。

心の傷は癒えてないが、それだけは言っておいた方がいいと思ったんだ。


「………」


ウィニエルは黙ったまま急に口をぽかんと開けた。

「な、何だよ…」
「…え…あ、いや…すっかり忘れてて。そういやそんなことがありましたね」
あいつは記憶を辿るように目線を宙に泳がしてから、両手を軽く叩き合わせた。


なぁにぃ!?


俺の眉間にまたしても皺がよる。

「…ええっと…どこだったかしら…」
ウィニエルはどこにポケットがあるのかわからない服を首を何度も傾げながら探る。

「…う〜ん…確か…」
「? な、何だよ?」

俺はウィニエルの様子にわけがわからないまま、それを見守る。

「…あ、あったあった。はい、グリフィン!」
ウィニエルの右手が拳を作り、その拳を俺に差し出して、左手で俺の手を受け取るように促した。
ウィニエルが右手を開くと、俺の手に何か小さな物が載ったのがわかった。


「…これ…」


俺の手の平には小さなパールが載っていた。


「あのですね…実は、あの時あのパール、外に居たローザにぶつかってたんですよ! それでグリフィンにあげようと思って持ってたんです。でも忙しくてすっかり渡すのを忘れていて…ごめんなさい」

ウィニエルは慌てたように早口で告げた。


いつもゆったりと話すお前がこんな風に早口なのは何故だ?


気にはなったが、とりあえずもう”要らない”などと言う気はなかった。
今はせめて、お前の大事にしている物でも貰えれば、多少は心の傷も癒えるかも知れない。

「…さんきゅ、大事にするわ」
「いえ…グリフィンにはいつもお世話になってますから」
「ふーん…そっか」
「はい」

俺が礼を言うと、あいつは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

この笑顔は天使としての笑顔なんだよな?
俺という個人に向けられたんじゃなく、勇者の俺に向けられたんだよな?


それなら、

それでも、


やっぱり、俺はお前が好きだ。


お前が俺を男として見てくれてなくても。



…好きなんだ。



「…貰ってもらえて良かったです。それじゃ…私もう行きますね。また…」
「あ、ああ…またな」
「はい」

ウィニエルは満足したように笑顔で帰って行った。
俺も移動中だったことを思い出し、目的地へと向かう。


ウィニエルが同行していないと、何だかもの淋しさを感じる。


「グリフィン様」

俺の耳元で声がした。
ウィニエルがまた来たのかと思ったが、

「あ? 何だ…ローザか。ウィニエルなら帰ったぜ?」

声の主は歩く俺の目の前に姿を現す。
鹿耳に緑の髪の妖精だ。
ウィニエルにどことなく似通った所があって、俺は気に入っている。

「はい。あの…以前ウィニエル様がされてたネックレスのトップですが…」
「ん? あ、これか。さっきあいつに貰ったんだ」

貰ったパールは紐を通して腕に巻いていた。
俺はそれをローザに見せてやる。

「まぁ…。 そうですかやっと渡せたのですね」
「やっと?」

ローザが俺の腕の傍で飛びながら確認し、安心したように微笑む。そして、刹那いつも通りの業務用とでも言うのか、そんな顔を見せ、告げた。

「…ウィニエル様が何て仰ったかはわかりませんが、そのパールをお探しになるのに3日掛かってます。3日間お役目をお休みになられて泥だらけになりながら探しておられました」

「え!?」

ローザの言葉に俺は耳を疑い、つい大声が出てしまう。
彼女は更に続ける。

「…3日の遅れは大事です。パールが見つかったあと、直ぐお渡し出来れば良かったのですが、3日間の遅れを取り戻すのに大忙しですっかり忘れてしまっていたのですね。 …グリフィン様、天使様にあまり無茶を言わないで下さいね」

そう言い終えるとローザは俺の目の前で旋回しながらこちらを軽く睨んだ。…気がした。

俺はウィニエルに睨まれたとしても、ローザ睨まれる憶えはない。
けど、ローザは何かと俺に厳しいような気がする。

ローザは多分、ウィニエルのことがすげー大事なんだ。
妖精と天使の間には勇者にはわからない絆ってもんがあるのかもな。

けど、俺はあいつ以外に何か言われんのはどうにも癪に障る。

「…俺は何も言ってねぇよ」
「はい、そうでしょうね。ただ、ウィニエル様がどうしてもグリフィン様に渡したいと仰るので。言い出したら聞かない方ですから」

俺が口を尖らせ告げると、ローザは間も空けずに淡々と返事を返してきた。
俺もそれに応戦する形で訊ねてみる。

「まぁ、それはわかるが…なぁ、俺にどうしても渡したいってどういうことなんだよ?」
「ウィニエル様が探している時に言っておられました」

俺の問いに、ローザは顔色一つ変えずに告げる。


あの日、
あの宿の、
暗闇の草叢の出来事を。


「見つかりませんね…どこかに跳ねて他の場所に行ってしまったんじゃありませんか?」

(私は天使様をお呼びしていたのに、逆に呼び出されて真っ暗闇の中、小さなパールを探していました)


「そんなことない。この近くにあるはずなの」
「そうですか…」


(次の日、グリフィン様がお出掛けになられてる間もウィニエル様は探しておられました)


(その次の日も、一度探した場所に見落としがないかと、念入りに)


「…どうしてもグリフィンに貰って欲しいの」


(3日目の夕方、探す手を少し休めてウィニエル様が仰ったんです)

「…何故ですか?」

(私は訊ねました。答えは大体検討はついていまして…ことの他、グリフィン様にはお世話になっているからかと、思っておりましたが…)


「だって、私がずっと持ってた物をグリフィンがこれから持っててくれるなんて、何かいいじゃない。いつも傍に置いて貰えてるみたいで嬉しい。売られちゃったとしても、それはそれで、少しはグリフィンの役に立てたってことで嬉しいもの」


ローザはそこまで話し終えると小さく息を吐いた。
心なしか、落ち込んでいるような気さえする。

「はぁ…その後、パールを無事見つけたのですが、ウィニエル様ったら泥だらけの顔のままで、グリフィン様に渡せるって、満面の笑顔で仰るんですよ? 予定が詰まってましたのに、どう思われますか?」

『まぁ、その後きちんとこなして頂きましたけど…大体…』

ローザの言葉は続いたが、俺は途中から聞いていなかった。


「あいつ…」


俺は急にあいつの顔が見たくなる。
さっき別れたばかりなのに、もう、だ。


珍しく早口だったからおかしいと思ったんだ。


”…実は、あの時あのパール、外に居たローザにぶつかってたんですよ!”

あれは嘘だった。


”グリフィンにあげようと思って持ってたんです。でも忙しくてすっかり渡すのを忘れていて…”

これは本当なんだろう。

俺から見るとまだまだだが、ローザによれば、ウィニエルは天使としてよくやれてる…らしい。予定をきちんと立てて他の勇者の評判は上々だと。
ただ、あいつは少しトロい所がある。素早く事を運ぶのは苦手だから、多少余裕を持ってはいるんだとか。
くっそ真面目そうなローザが言うのだからそうなんだろう。

3日間の遅れを取り戻すのは相当大変だったに違いない。

それでも、俺に渡したいから、探していた。


俺は…。


わかってないのは…俺か?


「…様、グリフィン様」
「ん? あ、ああ…悪ぃ、何か言ったか?」

俺が考え込んでいると、ローザは訝しい顔でこちらを見ていた。
そして、俺がローザに気が付くと、躊躇いながら告げる。

「…天使様はそう軽々とご自分のお気持ちを言えない立場に居られます。それに…いずれ天界に帰られるお方です。…そこの所ご配慮下さいね」


俺に釘を刺しているような気がした。


「…天使様は天界に必要な方なのですから。くれぐれもグリフィン様、ウィニエル様を地上に残すなんて仰らないで下さいね。では、私はこれで」


やっぱり、釘を刺している。
捨てゼリフのようにローザは言いたい放題言って消えた。


けど、その言い方って、


ウィニエルは俺を好きでいても、俺にそれを伝えたりは出来ないってことで。
世界を救って、俺がもし、地上に残って欲しいって言ったらあいつは残ってくれるのか?

いや、ローザは俺が ”ウィニエルを残すなんて言うな” と言っていた。

ってことは、俺があいつを残すと言えばウィニエルは残るってことだよな。
ってことは、あいつはやっぱり俺に惚れてる…よなぁ?
ってことはー…


もう一度自惚れてもいいか?


俺の気持ちはまだまだお前から離れられそうにない。
勇者としても、男としても、天使のお前も、お前個人も。

ウィニエル、お前の愛情表現はすげーわかり辛いけど、少しずつ見えて来たような気がすんだ。

そして、これから一つ一つ見つけて行こうとも思う。
俺の感情にも気付かせてやろうとも思う。


少しずつ。


キスだって、あんな事故みたいなんじゃなくて、ちゃんとしたい。
その先だって、お前となら。


俺は諦めねぇよ。


なぁ、それでいいんだよな。

なぁ。


なぁ、俺の天使。




<<<戻る

*後書き*

さて、わかってないのはどっちでしょう?

グリフィンさんが大好きです。
恋するグリフィンさんが大好きです。
口は乱暴なのに何だかんだで優しいグリフィンさんが大好きです。

というわけで、恋するグリフィンさんを書きたくて書きました。
『微笑んで、オヤスミ』から3ケ月後? とか、続きみたいな感じになってます。

「気持ちをわかってくれよ!」とかいう思いですが、ひっじょ〜にわかりますが、 私は押し付けは何気に嫌いです(爆)
書いててちょっと反発していました(苦笑)
「わかってくれ」とかいう前にむしろ、「お前がわかってやれよ」と思ってしまいます。
先ずは望むのではなく与えて欲しいと思うのです。
でも大事な人には歯痒くてそう思うのは当たり前なのかも。
お互い与え合えたら幸せですねぇ〜♪

ウィニエルさん…何かアフォみたいですね(^^;
所々ただの変な女になってます。
インフォスのウィニーって今ひとつ性格が掴めない…( ̄д ̄;)
ちなみにパールのネックレスなんてもんは、ゲーム中に存在しておりません。
パールのピアスならあった…かな。
ドリーム小説ですから♪

ちなみに、気まずい雰囲気の二人にフロリンが入ったのはローザの配慮からです。
んーでも、配慮なのか画策なのか、どちらなんでしょうね(笑)

私の書く話って大体両思い前提のすれ違い話が多いです。
(…そういうのが好きなんですね、多分)
というか、そういう好意すらないとお話を作るのって難しい。
片思いで押して押して〜ってのはあるかもだけど。
私的には無理が。
振られると可哀想なのでそういうのはあんまり書きません。

こんな所まで読んで頂いてありがとうございます。
もう、毎度有難いやら、申し訳ないやら。
拙い文章ではありますが、楽しんで頂けてたら幸いです。

さて、このお話、続きものではありませんが、続きそうな気配がします。
良かったら感想聞かせて下さいね。