−ショコラ・ショコラ−

2月13日。
俺とウィニエルが出会ってもうすぐ4年が経とうとしている。

「なぁ、ウィニエル、もう時間だぜ?」
俺はベッドで眠るあいつに声を掛ける。
「ん…? …んん…はい…もう…そんな時間ですか…?」
あいつは気だるそうに身体を起こし、目を擦って寝癖のついた髪を手櫛で整えた。
「ああ。時間だ」
俺はあいつの跳ねた髪を後ろから一緒になって押えてやった。
「あっ! グリフィンやめて下さいっ!!」
ウィニエルは眉を顰めて俺の手を払い除ける。
「何だよ、手伝ってやってるだけだろ?」
俺は口を尖らせ嫌がるあいつに構わず乱暴に髪を撫でた。
「痛っ! もうっ、グリフィン!! あなたはいっつも乱暴に撫でるから余計にぐしゃぐしゃになってしまうんですって、何度も言ってるじゃありませんか!」
ウィニエルは自分の頭上から退かない俺の手を小さく何度も叩く。
「いてっ! ああっ!? 俺のどこが乱暴なんだよっ!?」
俺はあいつの髪をより乱暴に円を描くように撫でた。
「グリフィン!!」
ウィニエルが俺の方へと振り向いて睨む。
「…わかってるって、優しくだろ?」
俺はあいつの髪を流れに沿うようゆっくりと抑えながら撫でて、首を軽く傾げて俺を睨む瞳に訊ねてみた。
「………」
俺を睨む瞳は大きく2度瞬きをして、あいつはまた俺に背を向けた。

俺がこんなことをするのにはワケがある。

まぁ、その前に。

誤解があってはなんだから、言っておく。
俺とあいつはそういう関係ってわけじゃあない。

今は、まだな。

ん? 今はまだって…何だよ、おいおい…はは…。

いや…まぁ、色々とあるんだ。立場とか時期とかっつー柵がな。
なんつうか、色々とな。

で、今は依頼先へ向かう途中の街で、あいつは俺を訪ねていて、最近疲れてんだか俺が宿にいたらベッド貸せとか言って寝ちまうんだよな…。

人の気持ちなんざおかまいなしにな。

羽根休みだなんて言って、無防備な顔してくれちゃって、不良天使もいいとこだぜ…と思いつつも追い出して別の勇者ん所で同じこと言わせるわけにはいかないわけで。

…なんつうか、俺、こいつに弱いなぁーって最近すごく思う。

しっかりしてそうな顔なのに実際は馬鹿でドジで、世間知らずで思い込みが激しくて。あいつは俺以外の勇者にはものすごーく信頼されているらしいが、俺以外の勇者はあいつのビジュアルに騙されてんじゃないかと思う。
まぁ、その信頼されているっていう話もあいつから聞いただけだから実際どうかはわかんねぇけど。大方、他の勇者は気を遣ってくれる奴等ばかりなんだろう。
けどあいつ、割りと素直だし、美人だし、健気だしな…で、とりあえず俺は放っておけなくなったわけだ。
他の勇者…あいつから直接聞いたわけじゃないが、男の勇者もいるってことだけは妖精が口を滑らせて言ってたことがあるから知ってる。その俺以外の男勇者がいる(しかも複数らしい)と思うと正直イライラしてくる。
そんな思いをするくらいなら出来るだけ俺の目の届く範囲に置いておきたいって思うのが男心ってもんだぜ。
いや…ただの独占欲ってやつか。
まだ伝えてない自分勝手な感情の押し付け…とも取れるかもしれない。

大体、あいつの感情が俺には読めねえんだ。
俺なんかにわかるわけねえよな…あいつ、天使なんだぜ?

感情は人間と大して変わんねえって言ったって、どうみてもあいつ変わってるって。
少なくとも俺の周りの女であんな命知らずな馬鹿はいない。
戦闘中は相変わらず俺の盾になろうとするし。
怒ってもそん時だけ繕ってまた同じことを繰り返すだけだし。

俺が強くなるしかなくて。

修行中は来んなって言ってあんのに、俺がどれだけ苦労して修行してるかも知らずにへらへら笑って訪問して来るし。

…本当、しんどい。疲れる。だるい。
誰の所為でこんな大変な思いをしてると思ってるんだ!? ってー…何度喉の奥から言葉が出掛かったことか。
でも、来ない時は来ない時でものすごくムカつくしな…。まぁ、すぐ呼び出すけど。

ああ、俺勝手だな。

…まぁ、いいじゃねえか。
男なんてそんなもんだぜ。

あいつの笑顔を見るのが俺の日課になりつつある。俺が上機嫌だろうが、不機嫌だろうが関係なくやって来るあいつの気持ちがよくわからない。
ただ、俺は結構気に入ってるんだ。
そういうの、嫌いじゃない。
あいつが俺を思って来てくれてるなら、それなら、いいのにな。
でもあいつ、そういうことに関してはガキだから。
多分俺のこと何とも思ってないのかも。
”すごーく頼れる勇者”くらいにしか思ってなさそうだ。

あいつにはあいつの役目ってもんがあって、それは俺だけじゃ対応しきれない。俺にも限界ってもんがあるから、俺だけを頼れ…なんて言えるわけもない。

いや、本当は言いたいんだが。
『俺だけを頼れ』なーんて言えたらどんなにいいか。でも、現実には無理なもんは無理なわけで。
あいつの気持ちだって俺には掴めてないし、言えねえよ。

半年前、成り行きとはいえキスだってしたし、それに俺はもう自覚してる。
俺は、ウィニエルのことを…。

いや、まだ言葉にはしないでおこうと思う。

あいつが俺のところに休みに来るようになったのは最近のことだ。イダヴェルを助けた一件からあいつ、妙によそよそしくなってあんまり俺の所へ来なくなった。
俺が呼び出す度、
「イダヴェルさんとはその後どうですか?」
何て抜かす始末で。俺はあの時、
「勘違いすんな」
って確かに言ったはずなのに、思いっきり勘違いしてやがんだよ…。

で、あいつがそう思い込んでるのもムカついたけど、あいつは思い込みが激しいから言葉で言っても無駄っつーのはわかってた俺はひつこく呼び出してやったんだ。

したらある日、

「毎日毎日眠ろうとしたら呼び出されて、グリフィンの所為で寝不足です」
あいつが頬を膨らますもんだから、俺は、
「嫌なら来なきゃいいだろ!?」
当然、俺の逆鱗に触れるわけで、
「だって、嫌じゃないから。…グリフィンに呼び出されたら来ないわけには行かないんですよ」
あいつは頬を膨らましたまま上目遣いで俺を軽く睨むようにしてそう応えた。

だから、俺は。
あいつの瞳に弱い俺は、

「じゃあ、俺ん所で寝ればいいだろ?」
って、つい言っちまったんだ。

したらよぉ…

「え…あ! そうですね。それがいいかもしれません。じゃあそうします」
あいつはすぐさま何の疑問も持たない、いつもの笑みを浮かべたんだ。

俺は複雑だった。

次の訪問時から俺が宿を取ってる時、あいつが疲れていたらあいつは寝ていく。ほんの数時間だが、俺のベッドを占領して無防備に寝顔を曝け出して、しかも即刻爆睡。
あいつの眠る姿を見て、役目が大変なんだってことは以前にも増してよくわかった気がした。あいつは自分なりによくやってる。

けどな、

けど、
何か違う気がするのは俺の気の所為か?

少なくとも俺はあいつに好意を抱いてるわけだ。
で、俺は男で、あいつは女なんだよ。

うん。

けど、あいつ、何で俺の前で平気で寝れるんだ!?

…俺が何度あいつに手を出しそうになったか、あいつは知らないんだ。

あいつは何もかもを知らなすぎる。
俺が何もしないって思ってるんだ、絶対。

…天使ってやつは悪魔より酷いな。
人を誘惑しておいて、決して手を出させようとはしない。

ジレンマだ。

あいつが俺の所で眠る度、俺は部屋から出て時間を潰す。
傍に居たいのに、居れないんだ。

あいつが他の勇者の元へ行く時間が来たら起こしに戻ってくる。俺と一緒に話をするのはあいつを起こした後の数分間。殆ど毎日会ってるのにたったの数分間だけ。

一晩一緒に過ごして朝、起こしてやりたい…よな、男なら。
なんだけどあいつ、全くその気が無いんだよな…。

そんな奴に手を出せるか? っつったら、
答えは”手は出せない”だ。

無理強いなんてして勇者の任を解くなんて言われたら、俺の気持ちの行き場所ってもんがなくなっちまう。
…それよか、あいつが傷つくのは本意じゃない。
俺だって傷つきたくないし。

ああ、どうせ俺は臆病者だよ。
あいつに嫌われるのがいつの間にか恐くなってんだ。

…まぁ、そんなわけで、俺は苦労の日々を送ってるわけだ。

ウィニエル憶えてろよ…いつかぜってえ俺の物にしてやる…なんて俺が思ってることはあいつにはまだ秘密だ。

まぁ、そんな感じだが俺とあいつの関係はそれなりに良好ってとこかな。

で、あいつの髪をぐしゃぐしゃにするのは…んなのは、もっと一緒に居たいからに決まってる。

* * * * *

「さて、と。グリフィン、ありがとうございました」
ウィニエルが身支度を整え…といってもベッドから立ち上がるだけだが。大きく背伸びをして、俺に向かって深々と頭を下げた。
「おう。明日、絶対会いに来いよな」
俺はあいつにそう伝える。

だって、明日は2月14日だ。

え? 何の日だって?
まぁ…あれだよ、あれ。ばれんたいんでーとかいうやつ。

別に、何かを期待してるわけじゃーねえけど、その日は好きな奴に何か贈るとか言うじゃねえか。
俺は貰えなくても構わない。むしろ俺があいつに何かやりたい。
だが、あいつが他の勇者から何か貰わないとも限らない。

で、考えた手が、俺の所にあいつを呼んでおく。ってこと。
姑息だが、それしか思いつかなかった。

でもな、

「申し訳ないんですけど明日は先約があるので行けません」
ウィニエルの奴…穏やかに笑ってはっきりと言いやがった。
「なっ!? 何だよそれっ!?」
俺はあいつにくって掛かる。
「ティアと約束してるんです」
「…リディアと…?」
「はい」
ウィニエルは終始笑顔だ。
「…ち…しょうがねえなぁ…我慢してやるか…」
あいつの笑顔だけじゃなく、妹にも弱い俺は渋々我慢することにした。
「ごめんなさい。明後日、また来ます」
「ああ」
俺とあいつはその日、それで別れた。

あいつは俺の気持ちをまるで分かってない…はぁ。

次の日。

俺は街を歩いていた。依頼先へ向かおうと丁度街を出る所で、
「お兄ちゃん!! ちょっと待って!」
聞いたことのある声に背後から呼び止められる。俺をそう呼ぶことが出来るのはリディア、たった一人の肉親である妹だけだった。
「ん?」
瞬時にわかった俺はその声に振り返る。
「…はぁっ…はぁっ…良かった。間に合った! はい、お兄ちゃんチョコレート。今日、バレンタインだから」
リディアが息咳切って走り寄り、俺の目の前に包装された小さな四角い箱を差し出した。
「え…あ、さんきゅー…って…リディアお前この街に居たのか?」
俺はリディアから箱を受け取ると、包装紙を破いて箱を開ける。
「うん。一週間前位から居るの」
リディアが答える中、俺は箱の中から様々な形をしたチョコレートの中から丸いチョコレートを手に取り、口に放り込んだ。
「ふーん…甘っ…」
妹の作ったチョコレートは俺には甘過ぎて、俺は慌てて飲み込む。じっくり味わっていようものならすぐにでも虫歯が1つや2つ出来そうだったからだ。
「…何?」
刹那リディアの目が光ったような気がして、
「い、いや…?」
俺は寒気を感じた。

「…あれ? 天使様一緒じゃないの?」
リディアは俺の周りを見回す。
「え? お前こそ一緒じゃないのか?」
俺は妹に訊き返す。
「ううん。今日は無理だからって断られたの。てっきり、今日お兄ちゃんと過ごすんだって思ってた…じゃー天使様どこに行ったの? …まさか別の……あ! お兄ちゃん! わ、私用事思い出しちゃった、もう行くね!! またね!!」
リディアは喋っている途中、俺が眉を顰めたのが目に入ったのか、言い終えると元来た道へ慌てて走り去って行った。
「あっ、おい!リディア!! 今のどういう意味だよ!?」
俺は妹の名を呼んだが妹は振り返らなかった。

「てっきり、お兄ちゃんと過ごすんだって思ってた」
「…まさか別の……」


気になるのはこのワードだった。

「…何なんだよ…あいつ…リディアに何言ってんだ…? っつか、あいつ…嘘吐いてたのか…くそっ」
俺は街から出るのをやめる。気分が萎えてしまったからだ。
足は昨日泊まった宿屋へと向いていた。

あいつが嘘を吐いた。

俺にだ。

今まで嘘なんか吐いたことなかったのに、よりによって今日だ。

「…くっそぉおおお!!」
俺は宿の部屋のベッドの上で、妹に貰ったチョコレートを一気に口に放り込んで噛み砕いた。

甘い甘い、

俺はあいつに甘い。結局いっつもあいつのペースに乗せられている。

「…くっそ…ウィニエルの馬鹿野郎!! 何で今居ねえんだよっ!!」
口の中で糖度の高いチョコレートが溶け始めていた。

俺の目から零れた液体が微かにしょっぱくて、チョコレートと混ざり合って変な味がした。

…裏切り。
そう、これは裏切りってやつだ。

あいつ、やっぱ他の勇者の所に居るんだ。
俺、もう勇者なんか止めてやろうかな…。
やる気が失せたなー…。

俺はそのまま眠りについた。
俗にいう不貞寝ってやつだ。

ああ…このまま寝たら絶対虫歯出来てるよな。

…本当に、あいつ、何考えてんのかわかんねえ…。

* * * * *

あれから何時間経った?

「…フィン…グリフィン」
俺の頭上で声がする。柔らかい日差しが俺を包むように、その声は心地よくて。
「んん…何だよ…」
その声で俺は起きれやしない。もっと耳元で聴いていたい。

でも。

「じゃあ…灯りを…はい」
声がした刹那、大量の光が皮膚を抜けて、目を瞑る俺の目蓋奥に衝撃が走った。
「っ!?」
俺はそのまま目を固く閉じ、手で目蓋を覆う。
「起きて下さい。もう時間がありません」
その声の主は俺の様子に構うことなく眠りに誘う声で起きろと告げた。
俺は仕方なく徐々に目を光に慣らせてから目蓋を開ける。
「っか、バカヤロ!! いきなり目の前に灯り持って来る馬鹿がいるかよ!?」
やっと視界が開けた俺の目の前にランタンがふらふらと浮いている。
「だって、部屋が真っ暗だったから……時間がないので割愛します。おはようございます、グリフィン。遅くなってしまってごめんなさい」
俺の視界にウィニエルが入っていた。あいつはベッドの片側に居て、ランタンを床に置いて俺を起こそうと布団を剥がす。
「割愛って何だよっ!? っつか、寒っ!! 布団返せよ!!」
俺はあいつに剥がされた布団を引っ張る。

「え? …わっ!?」

「え? うわっ!?」

ウィニエルは布団をまだ持ったままだったのか、俺が引っ張った布団と共に俺に倒れこんで来た。
「…うっ…」
俺はあいつの衝撃に鈍い痛みを感じる。
「痛たた…もー…グリフィン起きて下さ…」
ウィニエルは俺の両肩上辺りに両手を付いて、腕立てした形でふと止まる。
「………」
俺はあいつの顔を見上げていた。
「な、何ですか…?」
あいつは俺の視線に固まったまま動かない。

…というか、気が付いたら俺があいつの手を抑えていた。

「…別に…」
俺の顔にあいつの蜂蜜の髪が掛かって、仄かに甘い香りがする。
…いつもより甘ったるい香りがしたのは気の所為か?
「…じゃあ、放して下さい。時間がありませんから」
ウィニエルは至極真面目な顔で告げた。
「…嫌だって言ったら?」
俺は引きつり笑いをしながら首を少し傾げる。
「何で嫌なんですか?」
あいつの表情は変わらない。
「…お前、嘘吐いただろ? 天使が嘘吐いていいのか?」
俺は冷ややかに目を細めて言い放った。
「う…。そ、それは…だから、割愛だって言ってるじゃないですか」
ウィニエルは俺から目を逸らして答える。
「割愛って何? わけわかんねえよ」
それでも俺はあいつから目を逸らさなかった。
「…のに…どうしたら放してくれますか?」
あいつが小さな声で何を言ったのか、始めの方はよく聞き取れなかったが、最後に言った言葉はよく聞き取れた。
「…んー…そうだな…キ…」
無理だとは思うけど、キスしたらー…なんて。と最後まで俺が言い終える前に、
「キスすればいいんですね。じゃ、はい」
心なしか、いつものあいつより早口だった気がする。
「なっ…んんっ!?」
俺の唇にあいつの柔らかい唇が重なる。
途端、俺の手は抑制力を無くし、あいつの手が解放される。
「…ん…甘っ…」
ウィニエルは一瞬眉を強張らせ、俺の力が抜けたのを見計らうと、俺から離れようと身体を起こした。

が、

「…っ…ウィニ…エルっ…」
俺は堪らなくなって、身体を起こしあいつの身体を抱き寄せる。
「あっ! ちょ、ちょっとグリフィンっ!? 時間が無いんですってばーっ!!」
ウィニエルの体勢はバランスが悪い上、今度は俺が力を混めている所為か、あいつの身体は俺から逃れられず、俺がキスをしようとするとウィニエルは唯一自由の利く首を激しく振った。
「何の時間だよっ!?」
俺はあいつの顎を掴んで、俺の目と合うように固定する。
「っ…日付が変わってしまいますっ!!」
それでもウィニエルは首を振ろうとする。
「ああっ!? 何だよそれ!? お前が今日は来れないっつったんだろが!!」
俺はあいつの顎を放してはやらなかった。より力を手に込めて、俺の方を向かせる。
「だって、知らなかったんですもん!!」
ウィニエルはこちらを訝しげに睨む。
「何が?」
「きょ、今日渡さないと意味がないって!!」
俺の荒っぽい言葉とは裏腹に視線があまりに冷ややかだったから、あいつは少し臆したように躊躇って告げた。
「何をだよ?」
俺の思考は今、目の前で俺に抱きしめられて身動きできないウィニエルをどうするか…ってことしか頭になくて、あいつが嘘吐いたことも、今日がいつだったかもすっかり忘れていて、
「…しょ、ショコラを…」
ウィニエルがおずおずと言っても全く気付きもしなかった。

だから、

「しょこら?」
無神経にも、首を傾げてあいつを挑発するように訊ねてしまう。

でも、あいつは、

「…はい。チョコレートのことです。グリフィンに作って来たんです。今日、バレンタインデーでしょう? 以前ティアに作り方は教わっていたんですけど、彼女のは甘過ぎるから、ちょっと研究しようと思って…ナーサに相談したら、”お酒入れたら?”って言われて。リュドラルに竜の酒を少し分けて貰いに行ってたら遅くなってしまって…」
一生懸命に一から説明しようとしてるのはわかるが…、
「はあ? 何だよそれ、わけわかんねえ。今日渡さなきゃ意味ないってんだろ?」
俺はどうにも納得行かずに、あいつの顎を持つ手に力を込めた。

そう、俺に作って来てくれたっつーのはわかった。そこは素直に嬉しいと思う。
けど、今日渡さないと意味が無いって言ってたよな…?

「いたたっ…だ、だから知らなかったんですってば!」
ウィニエルは顎が痛いのか薄っすらと涙を浮かべた。
「だから、何をだよ」
俺はこの後、ウィニエルの思い込みの激しさに飽きれることになる。

「恥ずかしながら…バレンタインデーって、その日贈る人には内緒で一日掛けて作るものだと思ってたんですっ」

はい?
今、お前、何っつった?

「…はあ? 何でそうなるんだよ!?」
俺は目を丸くして訊き返す。
「…それだけ想いを込めて作るものかなぁ〜って…でも一日中ショコラ作ってるなんて…なんかおかしいなぁ〜とは思ったんですけど…ナーサが”渡しに行かないの?”って正しいバレンタインデーなんていうのを教えてくれて…あ、ナーサっていうのは、先輩なんですけど…」
ウィニエルがやっと俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「アホかっ!!」
俺は目を細めて、あいつの顎から手を放して、頭を小突いてやった。
「いっ、痛いっ!! な、何で叩くんですか!?」
ウィニエルの瞳から涙が滲む。

確かに少し、痛かったと思う。
けど、俺の痛みに比べたらこんなもんじゃねえよ。

「何でもくそもあるかっ!! 嘘吐き天使!! くそっ!! …っ…」
それは不意だった。
俺のあいつを掴む腕の力が抜けていく。
「ぐ、グリフィン…?」
ウィニエルは体勢を少しだけ整えたが、俺から離れること無く俺の頬を両手で包む。
「…やめろよ…」
「…どうして泣くんですか…?」
あいつの手に俺の透明な雫が触れる。
「…見んなよ…離れろ。時間が無いんだろ?」
俺は俯いて首を振る。

さっきのあいつみたいだ。

「…いいえ、離れません。時間なんて…あなたの方が心配です」
ウィニエルの手は離れなくて、俺も抵抗出来なかった。
「…お前…それ、他の勇者に言ってないよな?」
俺は俯いたまま言ってみた。
「………」
案の定、あいつの返答は無かった。
「…言ってんだな…はぁ…」
俺はあいつの手を掴んで、下ろさせる。
「…天使ですから…」
ウィニエルは少し小さな声で告げた。
「…じゃあよ…俺にそう言うのは勇者だから? それとも俺だからか?」
俺がそう訊ねると、

「…それは……」


あいつはやっぱりそれ以上は言わない。

その代わりに、

「…私、わからないんです。でも…ショコラをあげたいと思うのはあなただけで…それじゃ駄目ですか?」

って、それはつまり、ウィニエルは少なからず俺を想ってるわけで。
こいつはっきり自覚してねえんだな。と、思った。

「…駄目ってわけじゃあ…ねえけど…」
俺の声は上擦っていた。

あ、やべ。
顔ちょっと綻んでるかも。なんて思ったけど俺は努めて平静を装う。

同時、部屋の時計をあいつは見ていた。短針と長針がもうすぐ重なり、日付が変わる。
「…あ…時間が…」
ウィニエルはそれを見て、残念がる。
「何? やっぱ気になってんじゃねえか」
俺も時計の方を見た。あと、1分…も無いか。
「…せっかく作ったから…食べて欲しかったです。一緒に食べたかったなぁって…」
ウィニエルはベッドの下に手を伸ばして白い皿の上に乗ったいくつかの四角いショコラを差し出した。
「…包装してねえじゃん」
つい、そんな言葉が出てしまう。
「出来たてなんです。あ、理由は後でゆっくりお話しますから。食べて…くれますか?」
ウィニエルは俺に食べて欲しそうに首を傾げ、可愛く微笑んだ。

俺はこの笑顔に弱い。

「…ああ」
俺は数ある中の一つを手にとって摘み、口に入れた。
「…どう…ですか? ちょっと、甘さ控えめにしてみたんですけど…」
あいつが訊ねている中、俺の口の中でビターチョコレートと強い酒が混ざり合って…うまい。なかなかいける。

でも、簡単に感想なんて言ってやらない。

「…一緒に食べたいって…言ってたよな?」
俺はもう一つ口に放り込む。
「はい?」
日付が変わるまで、あと10秒。

「…ウィニエル」
俺はウィニエルの身体を再び引き寄せる。
「へっ? んんっ!?」
あいつの口を塞いで、俺の口で半分解けたショコラをあいつの口中に流し込む。

同じ刻、

カチッと、時計の針が重なった音がした。

「んんっ…うふぅっ…!! に、苦っ…!!」
ウィニエルは俺の不意の行動に一瞬目を丸くしたが、自分の作ったショコラを吐き出そうとはしなかった。
「…まぁ、好みはあるか。俺はうまかった。ありがとな」
俺はウィニエルの頭を撫でてやる。
「…そ、そうですか…それは良かったです…あ、あれ…?」
あいつは俺に頭を撫でられると微笑んで、その後身体をゆらりと大きく揺らした。
「ん? どした?」
「いえ…あの……駄目…みた…」
全部を言い終える前に、あいつは俺の方へと前のめりに倒れこんでしまう。
「おいっ!? ウィニエル!?」
俺はあいつを抱き起こして、俺の膝を枕にするようにして、仰向けにさせた。
「…っ…ふうっ…はあっ…グリ…フィンっ…」
ウィニエルは息が荒くて、苦しそうだった。顔も赤くて、発熱したみたいだ。
「…大丈夫か?」
俺はあいつの額に手を当てた。熱…というより、顔全体が赤い。
「ん…大丈夫…はぁ…はぁっ…」
目に涙を浮かべて必死に息をしている。こうなった理由は一つ。
「お前…酒に弱いのか…?」

多分、原因は酒入りショコラだ。

「はぁ…はぁ…そう…なんですか…? お酒…飲んだことない…です…はぁ…はぁ…」
ウィニエルは胸元辺りを押さえながら眉を顰めて息をしている。
「…今、水持って来てやる」
俺は膝の上からあいつの首と、身体を支えながらゆっくりとベッドへ下ろそうとした。

「イヤっ!!」

「え?」
あいつの声と共に、あいつを覗き込むような形の俺の胸元をウィニエルの手が小刻みに震えながらか細く掴む。
「…行かないで…一緒に居て…お願い……ううっ…」
ウィニエルの瞳から零れ落ちる涙が頬を伝って、あいつの首を支えている俺の腕に掛かった。
それはとても熱くて。
「お、おい…ウィニエル…?」
俺は戸惑ってしまう。
「…お願い…恐い…一緒に…」
ウィニエルの泣き濡れた顔に俺は元の位置へと身体を戻した。
「…ありがと…グリフィン…手…繋いで…?」
俺が身体を戻すと、あいつは赤い顔で満足そうに微笑んで、片手を俺に差し出した。
「…あ、ああ…」
あいつに言われるまま俺は差し出された小さな白い手を握る。
「…うん…やっぱり、この手…好き…」
「え?」
ウィニエルは俺の手を引き寄せ、自分の両手で包んで身体を横向けにし、俺の手に嬉しそうに頬擦りをした。
「………」
そして、その後眠ってしまう。

「…な、何だよ…それ…」
残された俺は膝の上で眠る天使を見下ろしていた。
俺は無意識の内に空いた手で顔を覆うようにして両目尻を押さえていた。そして、僅かに触れた指の感触で、頬が熱いなーなんてことにやっと気付いた。

「…おい、ウィニエル。お前…もう酒飲むなよな」
あいつが倒れた所為でいつの間にかベッドの上にバラバラになったショコラを、俺は拾い集め、布団の上に置いて一つ口に含む。
「…お前さぁ…やっぱ天使失格だって…」
俺はさっきのあいつの顔を思い出していた。

泣き濡れて、俺を求めるような顔。
あれで天使って言えるのかね。

「…やっぱ甘いか…このショコラ」

俺とあいつの味覚が違うように、俺とあいつの気持ちも多少の違いはあるみたいだ。
けど、ショコラという名前は一緒だしな。

だから気持ちは一緒…だよなぁ?

ウィニエル?

「…ぐー…」
不意にウィニエルから鼾が聞えてくる。
「ぐーって何だよ…いびきかくなよな…」
俺はあいつの鼻を軽く摘んだ。
「うううんん…」
ウィニエルは起きることなく、唸りを上げる。
「…お前が俺だけにそういう顔を見せてるって思っていいよな?」
俺はあいつの鼻を摘んだままだった。
「ううう…」
当然あいつは唸ったまま。
「なぁ、俺のこと好きなんだろ? 俺の足をこんだけ痺れさせてんだから言えよな」
あいつの頭の重みの所為で俺の足の感覚は無くなっていた。

「…ううう…んはぅ……・すぅ…」
俺が鼻を放すと、ウィニエルは静かに寝息を立て始める。

「…だから、無防備に寝るなって…襲うぞこら……っつ…!?」
俺の言葉があいつに届いたのかあいつの手が俺の痺れた足に触れ、俺は悶絶した。

「っっ…ぐあっ…くっそ! …お前…嘘吐いた上に狸寝入りしてんじゃねえだろうな…」
俺は声にならない声をやっと出して、あいつの寝顔を覗く。
「…んん…グリフィ…ン…むにゃむにゃ…」
満足したような顔で俺の手を大事そうに自分の頬に宛てたまま幸せそうに眠ってやがる。

不本意な形ではあるが、今晩はこいつと一晩中一緒みたいだ。何せ、起こす時間を言われてないからな、起こす気はさらさらない。

けど俺、昼間寝たんだよな。
全く眠くないんだけど。

まぁ、こいつの寝顔でも見てようか。

でもなぁ…。
これから夜が明けるまでの時間をこいつとこのまま居ると思うとな…、


正直、すごーーーく辛いんだって!!


俺は、

「…はぁ…」

小さくため息を吐いた。

明日、もう俺の所で寝るのは止めてくれって言おうかな…。
でも言えない気がする。

「…しょこらでも食って時間を潰すか」
とりあえず、俺はあいつが眠ってる間に全てのショコラを平らげることにしたんだ。
そういや、さっき香ったあいつの髪、この匂いに似てる。
「…一日中作ってたんか…馬鹿だな…はは…」
俺の乾いた笑いが静まり返った部屋に響いた。

「…起きたら理由ちゃんと聞かせてくれよな」
俺はウィニエルの額の髪の生え際辺りを優しく撫でてやる。
「………」
ウィニエルは目を開けることなく目元と口元を緩め、ふわりと笑った。
「………」
俺はあいつの顔を見て、ほんの少し胸中は複雑なまま、釣られて口元を緩める。

俺って…我慢強いと思うよ。本当に。

「…はぁ…」

小さなため息が白く宙を舞った。



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*後書き*

無理やり書いたバレンタイン企画SS

ええと…途中割愛されてますが(笑)
グリフィンの前半の涙は悔し涙で、後半の涙は安堵の涙です。
涙もろ〜い男の人って好き♪ でも泣き虫はちょっと…。

ちなみに、ウィニエルが言ってたナーサが先輩っていうのは、女としての先輩って意味です。後日キスの仕方教わることになるし。
でももうキスしちゃってるもんな…( ̄▽ ̄;)
んで、リュドラルは何気に竜の酒を貸し渋ってます(笑)
かなり交渉に時間が掛かったもよお。
バレンタインデーのことは実は裏でミカエル様が糸を引いているとかいないとか。
あの方ウィニエルのこと大好きなので平気で間違った知識を与えます。

で、続きを書こうと思ったんですけど、長くなりそうなのでやっぱり割愛(爆)で、
以下のような話を書くつもりでした。

後日勇者全員にショコラを渡していたことをグリフィンは知ることになります〜
(*`▽´*)
でもウィニエルは嘘を吐いてはいません。
だって、他のショコラはやや形の悪いものばかりだから。
ただ捨てるのは勿体ないし、皆にお世話になってるしって理由で、味はナーサがOKを出しているので悪くないわけで。
(ナーサ監督の下で作っていたらしい。※味見担当で何もしなかったそうだが)
なので、感覚の違いですね。
義理チョコと本命チョコ。みたいな。
ウィニエルにとってグリフィンは特別なんです。
ちなみにウィニエルは時間が無かったために酒入りショコラのみ味見をしていません。

でも、やっぱり今回もうまく纏まってなくて悔やまれます…しくしく(T−T)
またキスしちゃったし…。
っつか、インフォスウィニエルってちょっと掴み辛いかもしれません。
アルカヤがあだるてぃー過ぎなんですね…(;^_^A
ばっちこーい!!(何)