−暑い日に−

 

「ちょーっと、ウィニエル!」

「はい?」

アルカヤ、ウル地方。
アフイに程近い海岸線をアイリーンは強い日差しを浴びながら気だるそうに歩く。

「はい? じゃないよ! いつになったら着くの? もう随分歩いたけど同じ海岸線がずっと続いてるじゃない」
「ふふふ。綺麗ですよね」
ウィニエルは宙に浮きながら、柔らかな笑みを浮かべていた。

「綺麗ですよね、じゃないよ! この天然お気楽天使!」
反面、アイリーンは頬を膨らまし、ウィニエルに怒りをぶつける。
「あら、だって始めはアイリーンだって喜んでたじゃないですか」
「海岸線に出たとこまではね。景色は確かに綺麗だけど、暑いよ!! ウィニエルにはこの暑さわかんないかもしれないけどさ! だるいー!」
そう告げるアイリーンの額や首元には玉の汗が滲み、手で顔を扇ぐ仕草をする。

「…ごめんなさい」
対照的に、ウィニエルは汗ひとつかくことはなく、申し訳なさそうにアイリーンに頭を下げた。
天使には寒暖の差がわからない。
アイリーンと同じように暑さを感じることができたらいいのに。ウィニエルは歯がゆさを感じていた。

「そこ、謝んなくていいから! 身体的にどうしようもないこと言ったってしょうがないっしょ。それよりこの暑さをどうするかだよ。泳ぐってのもありだよね…」
長く続く浜辺を見渡し、告げる。
「泳ぐ…? もう少し行けば、村がありますよ。そこで一息入れ…」
「もう…このまま泳いじゃおうかな…」
ウィニエルが村で休息をとる事を提案するが、アイリーンは余程暑いのか、上着に手を掛け、脱ごうとする。

「…えっと、アイリーン。海に入ると、余計に疲れますよ。村でフェインと会う約束をしていますから、それからでもいいかと…」
「ホント!? それじゃ、頑張る」
アイリーンは手を止めて、ウィニエルに笑顔を見せ、先を急ぎ始めた。

「良かった」

ウィニエルもほっとしたのか、にっこりと微笑み、アイリーンの後を追う。
しばらく歩くと、前方に海沿いにある村がアイリーンの目に入ってくる。

「ホントだ〜。村はっけーん!」
アイリーンの足取りは軽く、さっきまでの暑さとだるさはどこへやら、村まで一気に駆け抜けた。

村に着くと、
「海沿いの村なんだね〜。フェインとの待ち合わせ場所はどこ?」
アイリーンは家々の軒先に吊るされた看板を見渡す。
「ええと…酒場です。でも、まだ来てないかもしれません。フェインの今居る場所からここまでだと…日が暮れる頃には着く、かと」
ウィニエルも同じように辺りを見回し、酒場の看板を見つけ、指差す。

「じゃあ、宿取って、お昼食べて買い物行こうよ」
「え? お買い物ですか?」
「そうそう。泳ぐんだから、水着要るよね。宿屋はあそこで…服飾店は…、あれね」
「本格的ですね」
ウィニエルはアイリーンの後ろに付いて宿屋へと向かった。

宿に着くと、部屋へ足早に向かい、荷物を無造作に床に置く。
「さーて、荷物も置いたし、ごはん食べて、水着!!」
アイリーンはやる気満々とばかりに拳を握り、ぐっと力を込めた。
「あっ、アイリーン、あの、遊びに来たわけでは…」
ウィニエルが止めに入るが、
「ウィニエル、ちょっと姿現して。一緒にお買い物しよ!」
明るく屈託のない笑顔をウィニエルに向けると、
「…わ、わかりました…」
ウィニエルはその笑顔に弱いのか、素直に従い、宙から地面に足を下ろしたのだった。

ウィニエルが翼を消して、アイリーンに並び、すぐ隣を歩くと、
「やっぱ、自分で歩くのいいでしょ」
「え、ええ、まぁ…」
アイリーンが満足気な笑顔を見せる。

その後、2人は食事を済ませると、服飾店へと足を運んだ。

「あ、可愛い!!」

服飾店に着くと2人は水着売り場へ直行し、アイリーンは沢山ある水着の中から、橙色のセパレートタイプの水着を手に取り、自身の身体に合わせ鏡に自分の姿を映す。
「ね、ね、ウィニエル、これどうかな? 似合う?」
フリルのついたその水着はへその部分が見えてしまうが、下はスカートになっており、露出度は高くないものだった。
「ふふふ、可愛いですね。アイリーンは何でも似合いますよ」
ウィニエルはアイリーンらしい水着だなと、柔らかく微笑む。
「もー。ウィニエルは調子いいんだから…、あ、これも可愛いね」
「そうですね、あ、こちらの色も似合いそうですよ?」
ウィニエルが薄桃色のワンピースタイプの水着をアイリーンに手渡すと、身体に合わせるようにポーズをとった。
「あ、ホントだ〜。やっぱ、海沿いの村だけあって、水着多いね」
「ええ」
アイリーンの言葉ひとつひとつに、ウィニエルは楽しそうに微笑む。

「ウィニエル楽しそうだねぇ。でもね、ウィニエル?」
刹那、アイリーンが訝しげにウィニエルを見上げた。

「は、はい」
「自分の水着も選ばないと駄目よ?」
「え? わ、私ですか?」
アイリーンの言葉に驚いたのか、ウィニエルは瞬きを何度かし、彼女を見つめる。

「私は泳がないですよ?」
「何言ってんの」
「えっ、だ、だって、私は天使で…」
泳いだことなんて、殆どなくて、泳ぎ方すら覚えていないのに。
ウィニエルは後ずさり、降参とばかりに両手を振るった。

「天使も泳げるでしょ? 一緒に泳ごう? 水着代なら私が出すし、大丈夫だから!」
「え、えっ?」
「そんな素っ頓狂な顔してないで、フェインも一緒に泳ぐし、3人で泳いだら楽しいよ!」
「ええっ!? フェインもですか!?」
「せっかくの海なんだから!! ほらほら、選んだ選んだ!」
アイリーンがウィニエルの背を押し、水着が並んだ棚へと促す。

「…み、水着ですか…」
ふぅ、とため息ひとつ。
水着を数着見てはみるものの、気に入ったものがないのか、気乗りがしないのか、手に取ろうとはしなかった。
しばらく経つと、その様子を見ていたアイリーンが、じとっと目を細め、軽く睨んだ。

「……ウィニエル、泳ぐ気ないでしょ」
「…ははは。すみません…」
アイリーンの言葉に軽く頭を下げる。

「もー! …フェインのはこれで、ウィニエルのはこれにしようっと」
「えっ」
アイリーンは自分の水着は既に選び終わっていたのか、始めに選んだ橙のセパレートの水着と、フェイン用なのか男性物の海パンと、ウィニエル用の水着を手に会計カウンターに向かった。
店員がアイリーンと何やら話しながら、購入した水着を袋詰めしている。
ウィニエルの位置からは自分用とされた水着がよく見えずじまいだ。実際試着するまでわからない。

本当に泳ぐの?

ウィニエルは半信半疑ながら、遠目で袋詰めされた水着が3着あることだけ確認したのだった。

「ありがとうございましたー」

会計を済ませ、服飾店を後にすると、アイリーンはウィニエルの前をさっさと歩いて行く。
それをウィニエルがたどたどしく追う。
翼がないまま歩くのはやはり、苦手なようだ。

「アイリーン」
「今日はフェインまだ来てないし、明日、泳ごうね」
ウィニエルがなんとか追いつき、話し掛けると、アイリーンは満面の笑みを浮かべ、そう告げたのだった。

やっぱり泳がせる気でいるのね、

ウィニエルは一瞬だけ憂鬱な顔をする。
天使が泳げるのか。
泳いだことなんて殆どないのに。

ああ、
でもアイリーンの誘いを断るわけにはいかないものね。

そんな想いがその一瞬に垣間見えたが、アイリーンにわかるはずもなかった。

「ふー、さすがにちょっと疲れたな。フェインが来るまでお昼寝しない?」
水着の入った手提げを持ちながら、アイリーンはあくびと同時に背伸びをした。
「あ、それでは私、フェインの様子見てきましょうか? もうあと1、2時間で着くと思いますから」
ウィニエルが翼を出そうと構えると、そうはさせないぞとばかりにアイリーンはウィニエルの腕を掴む。
「いいからいいから、今日はさ、私の方を優先してよ」
にっこりとアイリーンが微笑むと、その笑顔に弱いウィニエルはわずかに微笑み返し、応えた。
「は、はぁ…わかりました。では宿屋までお供します」
「うん、それでよろしい!」
アイリーンは終始機嫌よく、歩みの下手なウィニエルと一緒に歩くのを楽しんでいる様子で、宿屋へと戻ったのだった。

宿に着くと、開口一番、

「さ〜、お昼寝しましょ」
アイリーンはベッドに腰掛けると、横に倒れ、枕に頭を沈ませた。
気持ちいー! と、アイリーンはまだ触れたての冷たい枕に頬ずりする。

「あの、ひょっとして、私…もですか?」
ウィニエルがぽつんと立ったまま、アイリーンを見ながら告げた。
「当然!」
この部屋はツインだったため、アイリーンは自分の隣のベッドに手を伸ばし、ぽんぽんとウィニエルを促す。

「…仕方ないですね」
ふぅ、とウィニエルはため息を吐きつつも柔らかく笑って、ベッドに横になった。
「こーんなに気持ちいいんだもの、寝るっきゃないでしょ」
「え…あ、本当、ここのベッド気持ちいいですね」
程よい硬さのスプリングの入ったベッドはウィニエルの身体を心地好く受け止め、自然と眠りの世界へと誘う。

「…すー」

「え? ウィニエルもう寝ちゃったの!?」
アイリーンがウィニエルのあまりの寝つきの良さに驚き、隣のベッドを窺うと、
「…いえ…ただ横になると、寝ちゃいそうになってしまって…最近、寝てなかったから…」
この所、天界へ戻っておらず、実は働き詰めだったウィニエルは天井を何とはなしに見つめながら自分のことをぽろっと溢した。
ウィニエルが自分の身近なことを話すことは殆どなかったが、時々こうしてアイリーンにはつい言ってしまうことがある。
「そうなの? じゃあ、ゆっくり休みなよ。私も寝るから。おやすみ」
そして、アイリーンもウィニエルのことをわかっているかのように休むよう告げた。
2人の仲は天使と勇者というより、友情という形で結ばれているようである。

「…はい、おやすみなさい」

ウィニエルは目を閉じておやすみの挨拶を返すと、アイリーンの返事はなく、2人はそのまま夕方近くまで身体を休めたのだった。



*******


夕刻。
コンコンと、部屋の扉をノックする音が聞こえる。

「…ん…あ、もうこんな時間」
扉のノック音で先に目覚めたのはウィニエルだった。
目覚めたばかりで、少し気だるい身体を起こし、窓の外を見る。
夕日が見え始めると、昼間の厳しい日差しを優しく癒すように涼しい海風がウィニエルの髪を掬っていく。

コンコン。

再び扉をノックする音が聞こえる。視線をそちらに移したと同時に、

『…アイリーン、居るか? 俺だ、フェインだ』

フェインの声も聞こえた。

「あ! いけない。フェインもう着いたのね、アイリーン」

ウィニエルは隣で眠っているアイリーンを起そうと声を掛け、肩を揺するが、アイリーンは「んん…」と自分の肩に触れるウィニエルの手を払う。
そして、気持ち良さそうに枕を抱きかかえて背を向けてしまった。

「……」

起きそうにないわね。
それに、とても気持ちよさそうに眠っている。起こしたら可哀想。

アイリーンの寝顔を見て、ウィニエルは仕方なく部屋の扉を開けて、フェインを迎える。

「え? ウィニエル!?」

「あ、あの…すみません…その、アイリーン、眠ってしまってて…」
フェインは姿を現したのがウィニエルだったことに驚いたのか、一瞬目を丸くしていた。

「あ、そ、そうか」
「女性が眠ってる部屋に殿方を入れるわけには行きませんから、アイリーンが起きるまで、どこか別の場所で…」

ウィニエルはフェインに部屋には入れられないということを伝え、別の場所での会話を提案する。
ひとまず、フェインとウィニエルはアイリーンの部屋から出て、宿の廊下で立ち話をし始めた。

「…あ、ああ、構わないが…ウィニエル」
「はい?」

「それ…寝癖か?」
フェインがウィニエルの頭を指差すと、飴色の髪の一部がふわりと不規則に流れ、いつもならきちんと均一にまとまっている髪が、少し乱れていた。

「えっ!? あっ、す、すみませんっ!! お昼寝していて」
慌てて手ぐしで髪の流れを正す。

「プッ。ウィニエル、君は昼寝が好きなんだな」
フェインはウィニエルの寝癖がなんだか楽しくて、ウィニエルの頭を撫でた。

「え?」
「ほら、この間、俺の所で昼寝して行っただろう? ………」
フェインはそう言うと、何を思い出したのか、黙り込んでしまった。

「あ、ああ、そういえば。すみません。いつもお昼寝してるわけじゃないんですよ?」
「……いや、いい。たまには昼寝もいいもんだ」
ウィニエルの弁解に、フェインは笑ってみせる。

「は、はい…」
ウィニエルは恐縮したように軽く会釈した。

「……そういえば、今日は翼がないんだな」
フェインは今気付いたかのように、普段見下ろすことのない天使を見下ろし、告げた。
「アイリーンのお買い物に付き合ってまして」
ウィニエルはフェインを見上げてふわりと微笑んでみせた。

「翼がないと、人間と変わらないな」
「そうですね」

2人は自然と、宿のロビーへと足を運ぶ。
ロビーには籐で出来た土台にふかふかしたアイボリーのクッション素材が敷かれた2人掛けソファが置いてあった。
フェインはウィニエルに座るよう促して、拳ひとつ分離れるようにして自分も隣へと腰掛ける。

「アイリーンと会うのは久しぶりだ」
「今日、明日と特に依頼はないんです。割と近い距離にお2人が居たので、久しぶりにお2人を会わせたくて」

「…そうか。気を遣わせたな」
ウィニエルの言葉に、フェインは一時押し黙ってから返答した。

「…いえ、いいんです」
余計なことしたかな? そんな風に思い、ウィニエルはフェインの横顔を見るが、特に複雑そうな表情を浮かべてはおらず、安堵する。

「そういえば、俺は今ここに着いたばかりなんだ。今日、明日ゆっくりしていいというなら、少し村を歩きたいんだが」
フェインはアイリーンの話題を替えようと、村の散策を提案したのだった。
アイリーンが悪いわけじゃないが、ウィニエルにアイリーンのことを話すと色々と詮索されそうで、更に、自分も言いたくないことも言ってしまいそうになる。
それが嫌で反射的に話題を摩り替えたのだった。

「あ、はい。アイリーンも眠っていますし、お供しましょうか?」
ウィニエルにフェインの心情などわかるはずもない。

「つまらないかもしれないぞ?」

上手く話題を替えることができ、フェインは内心ほっとしていた。
そうは言いつつも、ウィニエルは恐らく自分に付き合ってくれるだろうと踏んで、隣の彼女の顔を見る。

「構いませんよ。それに…、フェインと居ると新しい発見があるので勉強になりますし」
フェインの視線に気が付くと、ウィニエルは小首を傾げてにこりと微笑み、飴色の後れ毛を耳に掛けた。

「……」

その仕草が妙に艶っぽく見えたのは、気のせいだったのだろうか。
フェインは一瞬ウィニエルに見惚れてしまう。

「? どうかしましたか?」

「…っ、いや、なんでもない」

ふぃっと、フェインはウィニエルから視線を外す。
困ったような顔をして、右手で顔を覆うと、床を見つめてしまった。

「…そうですか」
ウィニエルはフェインの表情にわけがわからず、少しだけ落ち込んでしまう。

「…部屋から荷物を取ってくる。待っててくれ」
「はい。ではここで待ってますね」
フェインはウィニエルに気取られないよう、そそくさと自分の取った部屋へと向かってしまった。

「…フェイン、どうしたのかしら…」

1人ソファでフェインの背中を見送って、ウィニエルはロビーを見渡した。
この宿屋は2階建て。2階部分が宿で、1階には受付ロビーと続きにカフェレストランがある。
ウィニエルの視線の先にそのカフェレストランがあるが、そこから1人の青年が歩いてくる。

「1人?」
「…えっ!?」

ウィニエルがそれまで景色として見ていたカフェレストランと青年が目の中に入り、驚いてしまう。
話し掛けてきた青年は、中肉の背はフェインよりは少し低いが、肌が海で焼けたのか黒く、茶色い髪の優しげな瞳を持つ、性格の良さそうな男性だった。

「綺麗なお姉さん、僕と一緒にどこか行かない?」
「えっ、あ、あのっ、どうして、私の姿っ!!」

「?」

ウィニエルはすっかり忘れている様だが、姿を現したままだったのだ。
そして、どうやらナンパをされているらしい。

「そ、それに私、人を待っていてっ」

勇者以外の人間から声を掛けられたのは随分久しぶりで、ウィニエルは驚き慌てふためいてしまった。

「…うん、知ってる。さっき見てたから。綺麗だなーって思って、つい声掛けちゃった」

「き、綺麗!? えっ? いや、あの、それよりどうして私の姿っ!?」

声を掛けてきた男性は驚くウィニエルを余所に彼女の隣に腰掛けると、その白い手を取った。
ウィニエルは相変わらず混乱したままだ。

「さっきのさ、髪かきあげた時の色っぽさに参っちゃって、一杯だけでいいから、何か奢らせて?」
人懐っこい顔でにこにこしながら青年がウィニエルの手を握り、伺うように首を傾げる。
「いや、だから、私のすが…」
ウィニエルは未だ混乱したまま、手を離すことすら忘れ、青年に問おうとしていた。

「…待たせたな、ウィニエル、行くぞ」

いつの間に戻って来ていたのかフェインの声が聞こえると同時、ウィニエルの頭をこつんと小さく小突く。
「あっ、フェイン、はいっ!」
フェインの合図に手を振り切って立ち上がる。
「あっ」
青年が名残惜しそうにウィニエルを見上げると、

「…連れが何か?」

フェインは冷ややかに青年を見下ろした。
「い、いや、何でも…」
フェインの睨みに、それまで明るかった声のトーンが下がると、青年が愛想笑いを浮かべる。
「あ、あの、ごめんなさい。失礼します」
ウィニエルは深々と頭を下げた。
「い、いや、また今度会えたら遊ぼうね」
青年はウィニエルをよっぽど気に入ったのか、諦め切れない様子だった。
「えっ? あ、ええ」
ウィニエルはよく考えもせずに返事をしてしまう。

「……ウィニエル!? 君は…ふぅ…」

フェインが呆れたのは言うまでもなかった。
「本当!? 期待してるからね!」
ウィニエルの返事に気を良くした青年は満面の笑みを彼女に贈る。

「ほら、行くぞ」
「え? え?」

フェインがウィニエルの腕を引いて、外へ連れ出す。
外は夕日が主役の時刻に差し掛かっていた。陽の位置を見ると、随分と高い。まだしばらく日は暮れなさそうだ。

「…全く、君は…」
「…何で姿見えたんでしょうね」
呆れ顔のフェインに尚も呆れた質問をするウィニエル。
「君が見せるようにしてるからだろう?」
「あっ! そうでした!! なるほど! すみませんっ」
ウィニエルは、そういえば今姿を現したままだった。
うっかりしていた! という自責の表情を浮かべると、フェインに謝る。

「…別に謝らなくてもいい」
「でも…フェインにご迷惑お掛けしてしまったし…」
何かお詫びをしないと、と、ウィニエルはフェインを窺う。

ふぅ。
と、フェインはウィニエルに聞こえないように小さく息を吐くと、
「…この村に書物を扱う店はあるだろうか?」
「え?」
「…それに付き合ってくれれば、さっきのはなかったことにしよう」
「でも元々お付き合いするつもりでしたし…」
ウィニエルはお詫びをしないと気が済まないのか、いまひとつ気乗りしない返事をする。
「…君は真面目だなぁ。それじゃ、もし買ったら荷物を持ってもらうってのはどうだろう」
しょうがないので、フェインはウィニエルに荷物持ちを頼むことにした。

「はい! それなら喜んで!」
ウィニエルは快諾すると、フェインと並んで歩き始める。

「歩くのは苦じゃないか? 姿を消してもいいんだぞ?」
書店を探す道すがら、歩みをふと止めて、隣を歩く天使に声を掛ける。
「いえ、大丈夫です。今日はアイリーンと一緒に歩いていたので、少し慣れました」
自分を見上げ、柔和に笑うものの、時折ふらつくウィニエルが危なっかしくて、フェインは腕を貸したくなるが、彼女が姿を現している以上、2人で腕を組み歩く様を誰かに変な誤解をされてもいやだと貸せずにいた。
「そうか、辛くなったら言ってくれ」
せめて、歩みだけでもゆっくり合わせてやるか。
フェインはゆっくり歩き出す。

「・・・フェインは優しいですね。ありがとうございます」

ウィニエルはフェインが自分に合わせて歩く速度を落としたことに気付いて、嬉しさを隠せずにお礼をいう。
きっと、フェインは何のことか気にもしないのだろうな。
そんなことを思いながら。
さりげない優しさができるフェインはとても素敵な人だと、ウィニエルは尊敬していた。

「・・・何がだ?」
フェインはウィニエルが思ったとおり、何のお礼の言葉なのか理解してない様子だった。
そして、ウィニエルが追いつける速度で歩き続ける。

ほらね。 フェインは思ったとおり、素敵な人。
私の勇者達は皆それぞれ素敵な人なのだと、ウィニエルは勇者達を想うと誇らしく感じる。

「あっ」

ウィニエルは足元の小石に躓き、前へ倒れそうになるが、フェインが咄嗟に腕を引き、助けてくれた。
「大丈夫か?」
その助け方は慌てることもなく、しなやかで、まるで転ぶのを予測していたような身のこなし方だった。
「はい、ありがとうございます」
ウィニエルはいつもフェインに頼もしさを感じていたが、こういうことがあると本当に関心してしまう。

「ウィニエル、どうやらこの通りに書店はないようだな」

しばらく歩くが、書店は見つからずじまいだった。
海を見れば夕焼けが随分と広がっている。
「そうですか・・・残念ですね。このままじゃ荷物持ちもできません・・・」
「ははは、構わないさ、読む本なら何冊か持っている」
ウィニエルは時間がもうあまりないことを察して、
「あちらの通りだったらあるかもしれませんよ? 私ここで待ってますから行って来て構いませんよ」
自分の歩きが遅いので、フェインだけで行ってきてもらおうと、待つことにしたのだが、
「・・・いや、そろそろ待ち合わせの時間だから酒場へ行こう」
フェインも海の方向を見ると、それを断った。
「・・・お役に立てなくてすみません」
フェインの役に立ちたかったウィニエルはしんみりして、頭を軽く下げる。
「いいんだ。君と歩けて面白かった」
ウィニエルが頭を上げると、フェインは楽しそうに微笑んだ。
「え?」
「天使というのは翼がないと意外とバランスが取れないものだというのがわかった」
「は、はぁ・・・」
「・・・それに、君を1人放っておいたらまたさっきみたいな奴が来ても困るだろう?」

「え?」

「あ、でも姿消せば・・・」と続けようとしたが、
「俺が傍にいよう。今君は人間と同じようなものだ。俺が傍にいれば他の連中は寄ってこないだろう」
「・・・あ、ありがとうございます・・・」
その物言いはちょっと照れてしまいます・・・。
フェインの申し出に、ウィニエルは頬をほんのり赤らめたのだった。

「あそこにある酒場が待ち合わせ場所だな」
「はい」
2人は酒場を目指し歩き始める。酒場までは50メートル程先、看板が遠目に見えた。

「いらっしゃい」

酒場に入ると、店員が2人を席に案内する。
4人掛けのテーブルに通されると、フェインとウィニエルは向かい合うようにして椅子に腰掛けた。
「フェイン」
「何だ?」
「アイリーンまだみたいです。呼んできましょうか?」
酒場内を見渡したが、アイリーンの姿はどこにもなかった。
約束の時間はまだ少々先だが、気をまわして、ウィニエルは立ち上がり、アイリーンを呼びに行こうとする。
「いや、疲れてぐっすり眠っているのだろう。寝かせてやればいい」
フェインは立ち上がるウィニエルにそう告げて、テーブルに置いてあるメニューに目を通す。
「・・・ウィニエルは何を飲むんだ?」
「え、あ、フェインと同じもので」
「わかった」
フェインが肘をついたまま手を軽く上げ、合図をすると、注文を訊きに店員がやってくる。
「これを2つと、それから・・・・・・」
店員が来ると、慣れた口調で飲み物と料理をいくつか注文する。
「かしこまりました」
店員が下がると、フェインはウィニエルに向き合った。
「ウィニエルはいける口か?」
「え?」
「俺は酒を頼んだんだが・・・」
「多分大丈夫ですよ」
ウィニエルは何も考えずに軽く返事をする。酒を飲むのは久しぶりだ。
確か、おいしいという認識は持っていたはず。
「天使も酒を飲むんだな」
「ふふふ」
フェインが関心して笑うと、ウィニエルも微笑み返した。

「お待たせしました」
店員は注文した物を置くと、カウンターへと戻っていった。

木製のカップに発泡した黒い液体が注がれている。
「ここの地方は黒い色をしているのか」
運ばれた2つのカップを見ながら、1つをウィニエルに渡した。
「? そうですか」
フェインからカップを受け取ると、同じように見つめる。白い泡の下に黒い液体が見える。
「おつかれさま」
フェインがカップから視線をウィニエルに戻すと、やんわりと微笑んでウィニエルが持っているカップに自分のカップを合わせた。
「フェインもおつかれさまです」
ウィニエルも微笑み返し、2人は酒を飲む。

「・・・はー。おいしい!」
ウィニエルは2、3口ゴクゴクと飲んで、カップをテーブルに置いた。
「いい飲みっぷりだな」
「お酒、あんまり飲んだことありませんが、ほろ苦くって、おいしいですね。ふふふ」
ウィニエルは上機嫌でフェインに笑顔を振りまく。
「そうか。今日は俺が奢るから、好きなだけ飲むといい」
「ふふふ。ありがとうございます」
フェインの言葉にウィニエルはカップを手に取り、またゴクゴクと飲んだ。
「・・・ペースが速いと酔いが早いぞ」
「え? 大丈夫ですよー!」
「・・・・・・」
ずっと笑顔で飲み続けるウィニエルにフェインは、酒を勧めたのは不味かったかと思ったが、明日も特に用があるわけでもないし、酔いつぶれたならアイリーンの部屋に泊まればいいだろうと、半ば諦め愛想笑いを浮かべた。

「フェイン!」
2人が飲み始めて30分程経ったところで、アイリーンが酒場にやってきた。

「ああ、アイリーン。元気そうだな」
「フェインこそ。元気そうで良かったよ」
フェインがアイリーンに微笑みかけると、アイリーンも微笑み返した。
うまく笑えただろうか、2人は互いに探り探り、相手に気取られないように努める。
「・・・・・・もー、いっぱーい・・・」
フェインの向かいに座っているウィニエルはテーブルに伏せったままカップを手にし、そのカップを高々と上げ、おかわりを要求している。
その腕をフェインはなんとか下げようと、静止していた。
「・・・これ、ウィニエル?」
アイリーンはウィニエルの隣に腰掛けて、フェインと向かい合わせになる。
「・・・ああ、酔っ払っているらしい」
フェインがウィニエルからカップを取り上げようと、立ち上がった。
「何杯飲んだの」
アイリーンは呆れ顔でウィニエルを見る。
「いや、まだ2杯しか飲んでないんだが」
ウィニエルはフェインの腕を躱して、尚もカップを高らかに挙げて、店員を呼ぶ。
「あと1杯くださーい!」
その声に店員がやってくると、
「ウィニエル、もうやめとこう。水をもらうから。・・・水を1つ頼む」
「かしこまりました」
店員はフェインからの注文を受けると、カウンターへと向かう。
そして、フェインはウィニエルからカップを取り上げると、再び着席した。
「もー・・・フェインたら、大丈夫ですって・・・あれぇ? アイリーン?」
頬を膨らましたかと思ったが、隣に座るアイリーンに気が付くと、にこにこと嬉しそうに微笑む。
「おいおい・・・もー・・・何酔っ払ってるのよ」
アイリーンは呆れたままの表情で、ウィニエルの髪が少し乱れているのを見つけると、手で撫でてやった。
軽く撫でると、乱れた髪が治まる。
「ふふふ、アイリーンだーいすきー」
自分の髪を直してくれたアイリーンにウィニエルは抱きつく。
「やめいっ!」
アイリーンは剥がそうとするが、ウィニエルの力は強く、簡単には放してくれなかった。
「すまない。俺が酒を勧めた所為で」
「ダメな天使だなぁー」
フェインがアイリーンに謝罪すると、アイリーンはウィニエルの頭を撫でながら、笑って見せる。
お互い、ウィニエルの醜態に感謝していた。
何だか今日は、気まずくならずに済みそうだ。
「・・・ダメじゃないですよー・・・・・・」
「ん?」
ウィニエルの声がアイリーンの耳元に届くと、次の瞬間。ずっしりと。
彼女の全体重がアイリーンにのしかかる。
「・・・すー・・・」
「おも・・・うそ、寝てる」
アイリーンはウィニエルによって身動きが出来なくなった。
「・・・宿へ連れて行こう。アイリーンの部屋に泊めてやってくれないか?」
フェインが立ち上がって、アイリーンからウィニエルを引き剥がす。
「え? あ、う、うん」
私、まだ来たばかりなんだけどな・・・。と思いながらも目の前の酔い潰れた天使を放っておく訳にも行かず、酒場を出ることになってしまった。
気は進まないものの、フェインはウィニエルを背負って、会計を済ましてしまったのだからしょうがない。
アイリーンはその後ろに付いて歩く。
「・・・アイリーン、ウィニエルを寝かせたら、どこかで食事するか?」
「・・・うん!!」
フェインが後ろを歩くアイリーンに振り向いてそう告げると、アイリーンは元気に返事をしたのだった。

酒場を出てしばらく歩くと、
「フェイン・・・」
フェインに背負われたウィニエルはアイリーンに聞こえないよう、耳元に囁く。
「ん? 何だ?」
フェインはウィニエルが起きたのかと思い返事をするが、その返事に対する反応はなく、ただの寝言だと判断し、立ち止まることはなかった。
ワンテンポ遅れて、
「アイリーンと仲良くしてくださいね・・・でないと私・・・」
「何言って・・・」
ウィニエルの呟きに、やはり起きているのかと、歩みを止めるが、刹那、
「ふふふ、もう1杯飲みたーい!!」
酔っ払いの大きな声がフェインの耳に届いた。
「酔っ払い!! 寝ながら大きな声出すなぁ!」
アイリーンが若干不機嫌そうにウィニエルに向かって怒鳴った。
そして、まあまあと、フェインがアイリーンを宥める。

「・・・・・・」
その後、ウィニエルは静かに眠ったままだった。

宿に着くと、フェインはアイリーンの部屋へウィニエルを運ぶ。
アイリーンの部屋に入って、灯りを灯す。
「あ、そっちの奥のベッドに寝かせてやって。私ちょっとウェスタの様子見てくるね」
フェインにウィニエルを託すと、アイリーンはウェスタの様子を見るため、バルコニーに出た。
アイリーンがバルコニーに出るとウェスタがどこからともなく飛んでくる。
昼間は暑いから部屋の中に居たが、夜は夜風が涼しいからと、外に出していたのだった。
「ああ、わかった」
フェインはアイリーンに言われた通り、奥のベッドへウィニエルを寝かせる。
「・・・よし・・・」

「・・・・・・」
ウィニエルは起きることなく、眠っていた。

「・・・ウィニエル・・・」
酒が入ってほんのりと赤らんだ頬と、長い睫毛、薄桃色の唇。
ウィニエルの様子をじっと見つめると、つい、あの時のことを思い出してしまう。
旅の途中、木陰で本を読みながら一休みしていた際、ウィニエルが訪問してきたあの時のことを。
「・・・だめだだめだ」
アイリーンは目と鼻の先に居る。彼女に聞こえないように、あの時のことを思い出さないように、頭を数回振るった。

ウィニエルのことなど、何とも思っていない。
そして、彼女も、俺に対して、勇者の1人であるとしか思っていない。
フェインはそう思うようにしていた。

「アイリーン、行こうか」
「うん!」

その後、2人は宿の1階にあるカフェレストランで食事をすることにした。
食事をしている間の話題は、ウィニエルのことや、お互いの旅で寄った街の話が殆どで、尽きることはなかった。
話が詰まりそうになると、ウィニエルの先ほどの酔っ払い話を出したり、天使の面白いところを挙げては和み、有意義な時間を過ごしたのだった。

フェインはアイリーンを部屋の前まで送り届ける。

アイリーンの部屋の前に来ると、
「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした。あ、フェイン、明日なんだけど、ヒマ・・・だよね?」
微笑みながらフェインに伺うように首を傾げた。
「ああ、明日はウィニエルも言っていたと思うが何もない」
「よかった! でね、明日、3人で泳ごうよ!」
フェインがアイリーンの思っていた通りの返事をすると、上機嫌で泳ぐ仕草をしてみせる。
「ん?」
泳ぐ? 遊びに来ているわけではないんだが・・・と、フェインはふと思ったが、
「せっかくの海だからさ。日中暑いし。お休みだし!」
確かに明日は時間が空いているし、上機嫌に誘うアイリーンを悲しませるのも悪いし、フェインには断る理由が見当たらないため、誘いに乗ることにした。
「別に構わないが・・・水着なんて持ってないぞ?」
裸で泳ぐわけにもいくまい、・・・明日朝買えばいいか。
フェインは腕組みして、この街に水着を置いている店があったか思い返そうとしたが、
「あ、買ってあるから大丈夫。明日渡すね! おやすみなさい」
アイリーンが準備は万全とばかりの得意気な顔で言うので、
「・・・わかった。おやすみ」
フェインはアイリーンに微笑みかけて、自分の部屋へと戻った。

「海で泳ぐ・・・か。いつぶりだろうか・・・」
フェインは自分の部屋で暗がりの中、ぼんやりとした灯りの下、本を読みながら就眠するまで時間を潰した。

一方、ウィニエルは相変わらず、眠ったまま。アイリーンもフェインと別れてから疲れたのか、すぐにベッドに横になり、
「明日楽しみー!!」
そう言った瞬刻、深い眠りに落ちていったのだった。



*******


次の日。

「こらー、起きろー! 時間だよー!」
アイリーンの元気な声がウィニエルの耳元に響く。
「う・・・は、はい、すみません・・・」
ウィニエルは頭が重いのか、頭部を抱えるようにしてだるそうに身体を起こした。
「え、まさか二日酔いとかじゃないよね」
アイリーンは驚いたようにウィニエルの顔を覗き込む。
「あ、いえ・・・大丈夫です、ほんのちょっと、だるいだけなので・・・というか、眠いです・・・」
ウィニエルの目蓋が閉じて、身体がベッドへと沈んだ。
「こらー! 寝るなー!!」
「・・・はい・・・すみませ・・・」
アイリーンの目覚ましに、ウィニエルは謝りながら身体を起こす。
「お酒弱すぎじゃない!?」
「・・・はは・・・そうかも・・・です。でも、美味しかった・・・ははは・・・」
目蓋が上手く開かないまま、ベッドから降りて、ぼーっとウィニエルが立ち上がった。
「・・・大丈夫?」
「はい。大丈夫です、朝ごはん食べたら元気になりますし・・・あ、でも私食べなくてもいいんだったっけ・・・? ・・・まぁ、いいか・・・」
ウィニエルがフラフラしながら部屋を出て行こうとする。
「フェイン、呼ぶから待っててね。私1人じゃウィニエル支えられないから」
「は、い。すみません・・・」
どうにも重症な様子で、アイリーンはフェインを呼びに部屋を出て行った。
「・・・うーん・・・眠い・・・」
酷く眠いようで、ウィニエルはその場に座り込んでしまった。

しばらくして、アイリーンがフェインを連れてくると、床に座り込んで俯くウィニエルを見て、
「ウィニエル? 大丈夫か? 熱はないか?」
フェインはウィニエルの額に触れる。
「・・・あ、フェイ・・・だい、じょうぶです・・・ちょっと眠いだけで・・・すみません」
「大丈夫? そんなに辛かったの?」
アイリーンがウィニエルの手を掴むも、いつもと同じ、ひんやりとした感触。
「熱は無い様だが・・・そんなに眠いならもう少し寝ていればいい。朝食は俺が持って来よう」
「いえ、・・・大丈・・・です」
「いや、もう、なんかダメっぽいから、寝てていいよ。辛そうだもん」
「・・・すみません・・・それじゃ、あと、少しだけ・・・」
ウィニエルは2人に甘えることにして、再びベッドへと戻ったのだった。
フェインとアイリーンは2人で朝食を取りに部屋を出て、しばらくすると、フェインだけが戻ってきた。

「・・・ウィニエル、・・・まだ眠っているのか。朝食、ここに置いておくから、起きたら食べるといい」
「・・・・・・・・・」
ベッドで眠るウィニエルは心地よさそうな安らかな寝顔をしていた。
昨日沢山歩いていたし、酒も手伝って疲れが出たのかもしれないな・・・と、
ふとフェインは床に膝を着けて、ウィニエルを覗き込むようにして、彼女の頭をそっと撫で、飴色の髪を少し梳くって指に絡めると、ため息をひとつ。
「・・・君は不思議な女(ひと)だ」
フェインは自嘲気味に笑って、髪を元に戻して立ち上がり、アイリーンの待つ食堂へと向かった。

それからしばらくして、

「・・・ん・・・んー! よく寝た!」
欠伸をしながらせを伸ばすように、身体を起こすウィニエル。
「ん? ・・・あ、あれ? アイリーン?」
ウィニエルが部屋を見回すと、アイリーンが居ない。
そして、部屋のテーブルの上に、食事が置いてある。
「あ、そういえば、さっきは眠くて起きられなかったんだっけ・・・寝かせてもらっていたのね」
ウィニエルがベッドから離れて、テーブルに向かう。
「・・・食事は取らなくても平気なのに・・・ありがとうございます」
フェインが持ってきた朝食に、ウィニエルはお礼を告げて、せっかくなので食べることにした。
朝食を食べ終えると、

「・・・そういえば、今何時頃なのかしら。日は暮れてないみたいだから昼間だと思うけど・・・」
ウィニエルが窓の外に目をやると、明るい日差しが差し込み、徐々に気温が上がっていくのがわかった。
「さてと・・・アイリーンはどこに行ったのかな?」
ウィニエルは部屋から出てアイリーンを探しにいくことにしたが、丁度部屋の扉が開く音がしたのだった。
「ウィニエル起きてるかなー?」
アイリーンが何やら荷物を抱えて部屋へと戻って来た。
「アイリーン、おはようございます」
「あ、起きてた。良かった。丁度今から泳ぎに行こうと思ってたとこだったんだ。でも今度はフェインがどっか行っちゃってさ」
どうやら、朝食の時間は当の昔に終わったようで、今度はフェインが入り用なのか、姿が見えないようだった。
「あら、そうですか。探しに行きましょうか?」
やっとすっきりした頭のウィニエルはお得意の勇者探しでもと、申し出るが、
「ううん、いいよ。私が探して連れてくから。ウィニエル先に行っててよ。あ、これ水着と、タオル借りてきたから持ってって」
手にしていた荷物をがさごそと、3つの袋に分けて、その1つをウィニエルに渡した。
「・・・やっぱり私も泳ぐんですね・・・」
「場所はね、ここの宿出て海に向かって真っ直ぐだから迷わないと思うよ。先行って着替えてて、私もすぐ行くから」
ウィニエルの言葉を無視して、アイリーンは部屋から追い出すように背を押した。
「・・・くすん、アイリーン酷い」
部屋から追い出されたウィニエルは扉の前に立つアイリーンに告げる。
「泳げなくても大丈夫だよ! フェインに教えてもらえばいいんだから!」
「・・・いえ、そういう問題じゃ・・・」
気乗りがしないので、俯き加減でアイリーンに問うて見たが、
「きっと、楽しいよ!」
アイリーンが満面の笑みを自分に向けるので、
「・・・わかりました・・・」
仕方なく、とぼとぼと宿を後にして海へと向かったのだった。



*******



「・・・えと、更衣室は、と・・・」
1人で海に着くと、そこには泳ぎに来ている若者達が目に入った。家族連れなんかもいる。
混雑はしていないが、そこそこに人はいるようだ。
「皆泳ぐの好きなんですね・・・」
海からは楽しそうで賑やかな声が聞こえる。
「楽しいのかしら・・・うん、頑張ってみようかな」
何を決心したのか、ウィニエルは更衣室の看板を見つけると、そこへと入り、着替えを始めたのだった。
更衣室は2部屋。特に性別で分かれてはおらず、空いていれば使っていいようになっているようだ。
薄い板で建てられた簡素な作りで、2、3人同時に着替えられるような広さに、中に入ると、内側から鍵が掛けられるようになっている。

「・・・この水着・・・ですか・・・」
アイリーンに渡された袋の中から、水着を取り出して、眺める。
ちょっと恥ずかしいな・・・と思いつつ、足元の袋の上に水着を置いて、自分の服に手を掛け、脱ぎ始めた。
上着を脱いで、上半身裸になって水着を着けようと、袋の上の水着に手を掛けようとした刹那。

ガチャリと、無情にも更衣室のドアが開く。

「・・・あ」

という、聞いたことのある声が発せられる。
朝、微睡みの中で聞いた、いつもは優しい低い声。

「え・・・」

声に驚いて、ウィニエルは声の主へと身体を起こした。

「・・・・・・・・・」

声の主はそれ以上何も言わず、ウィニエルの方を見ている。

「あ、あの・・・」

「・・・すまない、間違えたようだ」

バタンと大きな音で、 慌てたようにドアが閉じられた。
そして、隣の更衣室のドアが開く音が聞こえる。

「え、えっ!? ふぇ、フェイン!? ああっ!!」

ウィニエルは慌てて胸元を手で覆い隠したが、もう遅かった。
「ええっ!? あ、あのっ!! フェイン!?」
隣に問いかけるものの、混乱しているのか、どう言ったらいいかわからない様子だ。
隣で聞いているはずのフェインからは返事がなかった。

「・・・・・・・・・」
フェインは着替えをしながら、
ウィニエルが鍵を掛けてなかったから、こうなった。
俺は、別に覗こうと思ったわけじゃない。
まさかウィニエルが着替えてるなんて思わないじゃないか。
と、ウィニエルの所為にしつつも心臓がドクドクと早鐘を打つことに動揺していた。

そういえば、今隣でウィニエルが着替えているのか・・・。

・・・いや、そんなことは考えるな。

フェインは煩悩を振り払うが如く、頭を振って、着替えを済ませて、更衣室を出た。

隣のウィニエルも丁度着替え終わったのか、ほぼ同時に出てきたのだった。
「・・・ウィニエル・・・」
ウィニエルは恥ずかしいのか、タオルで肩を覆い、顔を赤く染めていた。
「・・・フェイン・・・」
フェインは恥らうウィニエルに何故か自分も恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じる。
「・・・すまない、わざとじゃない」
「・・・はい・・・大丈夫です・・・私が鍵を掛け忘れたから・・・」
「いや、俺がノックしていれば・・・」
「・・・でも、私がちゃんと鍵を掛けてたら・・・」
「いや、俺が確認すれば良かったんだ」
お互いに頭を下げ合う。

「いえ、私が」
「いや、俺が」

何度か同じ様なやり取りをして、

・・・ぷっ。

と、

どちらともなく、吹き出した。
すると、それを合図に2人して可笑しいのか、笑い始める。

「ははは、何だか話がまとまらないな」
「ふふっ、そうですね。もう、気にしてませんから、行きましょうか」
ウィニエルは着替えの入った袋を抱えると、海へと歩き出した。
「ああ、そうだな。ウィニエル、荷物は俺が持とう、せめてものお詫びだ」
「・・・あ、すみません、ありがとうございます」
フェインはウィニエルの袋に手を掛けると、自分の袋と一緒に肩に掛け、ウィニエルの隣を歩き始めた。

そして、 浜辺で歩いていると、アイリーンとすれ違う。
「・・・あ、もう2人とも着替えてたんだ。・・・なんだ・・・」
アイリーンは2人の姿を見つけると、少し不機嫌な顔をして、
「私もすぐ行くから、わかるとこに居てねー!」
更衣室へ走って行ってしまった。

「はーい!」
ウィニエルが走っていくアイリーンの背に返事をして、2人は海へと向かった。

浜辺へ着くと、フェインは袋を砂浜に置いて、腰を下ろした。
「・・・海か・・・泳ぐのはいつぶりだったかな・・・」
ウィニエルも、フェインの隣に座り、海を見渡す。
「海って広いですね。フェインは泳げるんですか? 私、泳ぎはちょっと・・・」
「ははは、君は天使だからな。歩くのすら慣れていないのだから無理もない」
フェインは柔和に微笑んで、顔をウィニエルに向けたが、
「・・・私は見てるだけでもいいんですけど・・・」
「ん? 好奇心旺盛な君が珍しいな」
ウィニエルが泳ぐのを嫌がっている様子を見て、フェインは関心を抱いたのだった。
「はは・・・何となくなんですが、泳げそうにないかも・・・」
不安げにウィニエルが告げると、フェインのおせっかいに火が着いたのか、
「俺が教えれば泳げるようになると思うが?」
と、
ウィニエルに泳ぎを教えることを決めてしまった。
「え・・・あ、でも、本当に泳いだことが、殆どなくて」

「ふふふ、大丈夫! 私も居るし、ウィニエル泳げるようになるって!! 特訓よ!!」

ウィニエルのすぐ後ろからアイリーンの声がしたと思ったら、
「わっ!? アイリーン!? ちょ、ちょっと!」
ウィニエルが頬を赤くして胸元を覆うようにガードする。

「っ!?」
フェインはそれを見てしまった。
ウィニエルがアイリーンに後ろから胸を鷲掴みにされ、揉まれている姿を。

「や、やめてくださいーっ」
「・・・ウィニエルのおっぱいって、大きいね・・・」
くやしい。
ぼそっと、告げて、アイリーンはフェインの隣に腰掛けた。

「・・・アイリーンったら・・・もう・・・」
ウィニエルは困ったように、眉尻を下げて、胸を揉まれた拍子に肩に掛けていたタオルがずれ落ちたため、それを直したのだった。
その2人のやり取りを目の当たりにしたフェインは、

「・・・・・・・・・」
ウィニエルの胸が大きいことは知っている。さっき、実際見てしまったし。
だが、何も俺の目の前で揉むことはないだろう。
と自分の頬が熱くなったのを手で覆った。

「フェイン、ウィニエル、とりあえず泳ぎに行こうよ」
アイリーンが立ち上がって、2人を海に誘う。
「そうだな。そこまで人も居ないし、思い切り泳げそうだ」
フェインも立ち上がり、ウィニエルに手を差し伸べる。
「あ、それなら先に泳いで来てください。私、ここで見てますから、あとで、ゆっくり教えてください」
ウィニエルは泳ぐ時間を余程減らしたいのか、アイリーンとフェインを一緒に行動させたいのか、あるいはその両方か。
ここにしばらく1人で居ると告げた。

「そう? じゃあ、ちょっと泳いでくるよ」
「ウィニエル、昨日みたいな奴もいる、何かあれば呼んでくれ」
「はい、ありがとうございます。いってらっしゃい」
フェインとアイリーンは「海まで競争ね!」と2人走って海へと向かった。
海へと着くと、2人は躊躇なく海へ入っていき、泳ぎ始めた。

「・・・楽しそうね〜。いいな〜」

私も泳げたら、良かったなぁ。

あれ? 私、何か忘れてない?

今はまだ旅の途中。
辛く長い旅の途中。

でも、暑いこんな日には。

こんな休息の日があってもいいじゃない。
勇者達とたくさん、思い出作って、強い絆で結ばれて、きっとアルカヤを救ってみせる。

そんな風にウィニエルは考えながら、海から手を振る2人に応えるように、手を振り返したのだった。



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*後書き*

お久しぶりです! 何とか生きてます。 ヒサビサのSSです。
しかもフェイン×ウィニエル、 そして恋愛モード前。
どっちかっていうと、アイリーン多めかな。
アイリーン好きなの。
ちっさい方。

なんか中途半端です。
毎度毎度のことですねー。

くっそ暑い夏に作り始めて出来上がった頃には もう寒くなってきたっていう悲しい結果。
本当は暑い時期にupシタカタヨ。

私的には更衣室でばったりを描きたかっただけなんだが、ポロリもあるよ! みたいな。(ここ、全年齢頁ですた)
ここにいくまでこんなに長くなるなんてね。
フェイン×ウィニエルの暗い話は全年齢頁では描けそうにないので、明るい話だと思います。
でも一部『贖い〜』から話飛んできてたか。
まぁいいや。

私、話作り始めると、キャラが勝手に話進めるのでうまくまとめられません。
すみません。楽しいです。

ウィニエル至上主義は相変わらずで、このあと、ナンパ野郎が出てきて、ひと騒動あって、フェインにもポロリさせたかったけど、それは年齢制限かけた方が良さそうなので裏頁でいつか書きたい。

全年齢頁なので胸の形がどうとか、細かく書きませんでした。
水着にもあんまり触れませんでした。
色だけ白ってわかってたかな?

また別のお話を思いついたら描きたいデス。

拙い文章を読んでいただきアリガトウゴザイマシタ!
誤字脱字はご愛嬌。